パンダは人工授精で産まれた子供を「愛さない」傾向が強い
人工授精は、絶滅に瀕した種を効率よく保存する手段として、数多くの動物で試みられています。
絶滅に瀕した種は個体数が減少しているために、遺伝的に近い(血が濃い)個体同士が交配する可能性が強く、種として脆弱になります。
そのため人類が介入して、どのオスとメスの組み合わせが遺伝的に理想的であるかを算出し、人工授精によって出生を管理することで、絶滅の危機から迅速に回復できると考えられています。
多くの人々に愛されているパンダもまた、人類の管理のもとで遺伝的な多様性を維持するための、人工授精と出生管理が行われてきました。
その介あってか現在、野生環境では1864頭、繁殖センターや動物園には633頭、合計で約2500頭あまりのパンダの存在が確認されています。
そこで今回、トロント大学の研究者たちは、パンダの自然繁殖と人工授精の詳細について分析することにしました。
研究の対象となったのは、1996年から2018年の間に中国の四川にあるパンダセンター(繁殖センター)で記録された赤ちゃんパンダと母親の関係でした。
パンダセンターではこの期間、自然交配で139頭、人工授精で63頭(合計202頭)の赤ちゃんが産まれており、その後の生育過程や母親との関係にかかわるデータも蓄積されていました。
このデータを分析してみると、非常に興味深い事実が浮き彫りになりました。
出生後の赤ちゃんと母親の関係を調べたところ、自然交配でうまれた赤ちゃんに比べて、人工授精でうまれた赤ちゃんが育児放棄される可能性は、37.9%も高かったのです。
この結果は、パンダが人工授精でうまれた子供に対して明らかに「愛さない」場合が多いことを示します。
研究者たちは、母親パンダの子供に対する愛情には、父親にかんする情報が重要であると考えました。
自然交配の場合、メスはオスの外見や匂い、群れでの地位や強さなどを認識したうえで、好みのオスを選び交尾を行って妊娠・出産します。
一方で人工授精の場合、メスは薬で眠らされている間に妊娠するため、父親にかかわる情報が完全に欠落しています。
そのため母親パンダは、父親の質が保証されない子供に対して労力を投資する(育児をする)可能性が低くなると結論します。
人間が押し付ける遺伝的に理想的な人工授精であっても、パンダにとっては記憶のない正体不明なオスの子供とみなされ、拒絶される可能性が高まるようです。
ただし、たとえ人工授精でうまれた子供でも、母親パンダが受け入れた場合は自然交配でうまれた赤ちゃんと同様の育児レベルが提供されることも判明しています。
研究者たちは今回の分析結果から、可能ならば自然交配を進めたほうがいいと提言しています。
人間においても父親不明の子供の生存率が低くなることが古くから知られています。
また子育てをするマウスには、子供に対しての態度を決定する脳回路の存在が報告されています。
もしかしたら、赤ちゃんを育てるか放棄するかを決定する仕組み(遺伝子や脳回路)は、人間とパンダで同じものが働いているのかもしれません。