チューブワームの遺骸をちょっとずつ食べていた
海綿動物の群れは、中央北極圏の旧火山性海山の一部である「ラングセス海嶺」の水深500~600メートル付近で見つかりました。
およそ15平方kmの範囲に数千単位の海綿が広がっています。
このエリアは水温が極端に低い場所で、栄養分もほとんどありません。
海底山に分布する生物はふつう、熱と栄養分を供給してくれる熱水噴出孔に集まりますが、同エリアの火山活動は数千年前にすでに停止しています。
さらに、遠方からエサを運んで来てくれるような強い海流もありません。
つまり、生物がまともに住めるような場所ではないのです。
研究チームは、OFOBS(Ocean Floor Observation and Bathymetry System)と呼ばれるカメラとセンサーネットワークにより、海綿コミュニティの動画や静止画のデータを取得。
同時に、遠隔操作ダイビングロボットを用いて、海綿と周囲の環境サンプルを収集しました。
「海底山には何千もの海綿が密集しているだけでなく、その多くはかなり大きく成長し、直径1mにも達していた」と、研究主任のテレサ・モルガンティ(Teresa Morganti)氏は指摘します。
これほど巨大なコミュニティが一体どうして生き延びたのか大いに疑問ですが、彼らは過酷な環境下でも豊かな食料源を見つけていました。
それが、大昔に絶滅したチューブワームの亡骸だったのです。
海綿コミュニティの下には、約2000〜3000年前に海底山の火山活動が停止したときに絶滅したチューブワームの遺骸が密集していました。
海綿動物はこれを食べて、300年以上も生き延びていたのです。
しかし、チューブワームをそのままの状態で食べているわけではありません。
調査の結果、海綿動物は共生バクテリアの助けを借りていることが分かりました。
とくに、クロロフレクサス門のバクテリアがチューブワームの亡骸を分解して化合物を溶出し、海綿動物らはそれを消化して栄養源にしていたのです。
では、コミュニティが育って300年以上も経つのに、なぜチューブワームはなくならないのでしょうか。
それについて、モルガンティ氏はこう説明します。
「水温の低いエリアに住んでいることもあって、これらの海綿動物は極端に代謝が低いのです。
そのため、食料源を消化するスピードも非常に遅いので、食料源もなくならないのでしょう」
一方で、食べ放題のエサが枯渇しないとしても、気候変動は、海綿動物たちに差し迫った危機をもたらす可能性があるという。
現在、ラングセス海嶺の海面は氷の層で覆われていますが、温暖化にともなって氷が溶けると、その中に含まれる栄養源が海底山の方にも流れ込みます。
これは、静かに暮らしている海綿たちにとっては悪夢です。
なぜなら、深海が栄養源で豊富になれば、よその海洋生物たちがいっせいに集まり、海綿動物の安定した生態系を崩してしまうからです。
このまま温暖化が進めば、彼らの隠れた楽園も亡びることになるでしょう。