- 立ったまま寝るのはなぜ?
隠れず、逃げて敵から身を守るため
私達が馬の睡眠姿をあまり見たことがないのは、馬の睡眠は『立ったまま、短時間であること』が理由です。
『立ったまま寝るなんて、とても珍しい動物だ!』と思われるかもしれませんが、実はそうでもありません。
馬以外にも、キリン、ゾウ、ウシ、ヒツジ等も、睡眠時間のほとんどを立って過ごします。
では、これらの動物はなぜ立ったまま寝る生存戦略を取っているのでしょうか?
それは、彼らの共通点を見つけると分かります。
彼らは『比較的身体が大きい、草食動物』です。
まず『身体が大きい』=『隠れる場所が、あまり無い』ということです。
次に『草食動物』=『腹ペコの肉食動物から逃げる必要がある』ということです。
つまり、『肉食動物という天敵がいるが、身体が大きくて隠れられる場所があまり無いため、すぐ逃げられるように立ったまま寝ることにした』と考えられています。
そもそも、生物が生き抜こうとする方法(生存戦略)は『戦う』『逃げる』『隠れる』『子孫を多くする』など、生物によって様々です。
牙や爪が無い所謂『弱い動物』は『逃げる』『隠れる』『子孫を多くする』ことが多く、強い動物は『戦う』ことも多いと言われています。
馬の立って寝る戦法は、この中で言う『逃げる』に当たるのでしょう。
ちなみに、同じ草食動物でも、身体が小さく隠れられる場所が豊富にあるネズミは約10時間以上も寝ます。安心して眠っているのでしょうか。
牙や爪があり所謂『強い動物』に属し、肉を食す犬(雑食)や猫(肉食)も約10時間も寝ます。草に比べ、肉は消化に時間がかかりませんが、彼らも安心して巣穴で眠っているのでしょう。
立ち寝しても、膝が崩れ落ちないのはなぜ?
では『立ったまま寝ようとする理由』は分かりましたが、『立ったまま寝られるメカニズム』はどうなっているのでしょうか?
ほぼどんな動物でも、眠ろうとすると筋肉から力が抜けます。
実は、馬も同様です。
これから「『寝ているのに、馬の脚の筋肉に力が入っている秘密』を探る」と思われたのでないでしょうか? そうではないのです!
馬は、立って寝るとき脚を支えるために筋肉は使っておらず、支えているのは、骨と靭帯(骨と骨を繋げるもの)だけです。
更に、立ち寝に入る時に靭帯が骨をロックするように固まるため、馬は崩れることがないのです。
一方人間は、筋肉の力に頼って脚を支えようとするため、立ったまま寝ようとすると、崩れ落ちてしまいます。
また、馬は脚を1本ずつ休ませています。
3本脚だけ靭帯をロックし、残り1本はロックも何もしない『自然体』のまま休んでいるのです。
この『1本だけ完全休息状態』を4本の脚で交互に繰り返すことで、脚の休息も取っているようです。
『身体の一部を、交互に休ませる』という戦法は、動物界では珍しいことではありません。
左脳と右脳を交互に休ませるイルカ等の海洋哺乳類、渡り鳥、一本脚でずっと立っているように見えても、たまに脚を入れ替えているフラミンゴなどがその例です。
私達に言わせれば『人間って、両脚とも投げ出して寝られるから幸せ!』となりますが、彼らに言わせれば『片脚ずつ、交互に休ませれば済むのに!』とでも指摘されるのでしょう。
馬は、横になって寝ないのか?
では、馬はずっと立って寝ているのでしょうか? 実はそうでも無いことがあります。
まず、馬の睡眠時間は
家畜馬:約3時間
野生馬:約2時間
くらいと言われています。
このように睡眠時間が短い理由は
①肉食動物から逃げるため
②エネルギーの少ない草から栄養を取るため、長時間草を食べているため
と考えられています。
しかし、この睡眠時間にも審議の予知があります。
馬には『立ったまま、超短時間ウトウト寝る』時間もあるため、これも含めると約4~5時間程度も寝る子がいるのです。
よく観察していると、動物園などで目を瞑っている馬を見ることもできます。
また、その4~5時間の睡眠の間に約15分間だけ横になって→また立ち上がるを繰り返しながら、夜の3時間の睡眠時間を過ごすこともあり、計約1時間ほど横になる子馬もいます。
馬が頸を投げ出して横になっている時に、突然いなないたり、脚を動かしたりこともありますが、人間と同様に『レム睡眠(浅い睡眠)の時に、夢を見てる』と考えられます。
仲間と徒競走する夢でも見ているのでしょうか?
また、人間は90分間ごとにノンレム(深い)睡眠、レム(浅い)睡眠を繰り返しますが、馬はもっと短い周期になっているようです。
では、どんな馬でもこのように横になるのでしょうか?
いえ、横になることが多いのは一部の
①体重が軽く、成長期で睡眠時間を長く必要とする子馬
②(まれに)体力の衰えた老馬
などのようです。
成馬が横にならない理由は、さきに挙げた理由以外にも
①体重が重いため、横になると内蔵が圧迫される
②立っていないと、蹄が刺激されず、血液ポンプの役目を果たさない
などがあります。
ちなみに、1本でも脚を骨折してしまった競争馬が、獣医師に『予後不良(治る見込みが無い)』と診断された場合、安楽死となってしまう理由も、この辺りに起因しているのはご存知でしょうか?
3本脚だけで馬の重量を支えようとすると、大きな負担がかかり、蹄に炎症、壊死が起きてしまいます。
結果、立ち上がることが出来ずに横になってしまうと『内臓圧迫』『蹄が血液ポンプの役割を果たさない等』が起こります。
かと言って、人が手を貸して胴体を吊るし上げるなどの処置を取ると、大きなストレスとなってしまいます。
これまで、骨折後にファンの声で治療を続けた競馬の名馬もいましたが『苦痛が続いた後に、死んでしまう』という悲しい結果になってしまいました。
馬の苦痛からの解放や今後を考えると、安楽死が最善の策なのかもしれません。
これらを総括すると、まるで馬の身体の作り全てが、『立ったままでいること』に適した作りになっていっているようです。
馬を見ても『ずっと立ったままなんて、大変そう!』とは、もう思えないのではないでしょうか?
さて、続けてもう一つ、馬を見ているとよく思い浮かぶ疑問について解説していきましょう。
それは蹄鉄という蹄に打ち付ける鉄製の器具がなぜ必要なのか? ということです。
野生の馬は当然そんなものを付けていません。なぜ人間と暮らす馬だけに蹄鉄は必要なのでしょうか?
なぜ蹄鉄をつけるのか?
では、『4本脚で立っていること』が重要な馬ですが、その脚の下にある蹄の役割をご存知でしょうか?
四肢と同様、蹄(の特に、身体に近い方の、少し柔らかい箇所)は、血液を身体に戻すポンプの役割を担っており『第二の心臓』と呼ばれるほど重要な役割を担っています。
しかし、家畜馬は蹄が弱いため、活動ですり減ってしまうことがあり、保護のために蹄鉄を付けられています。
蹄鉄とは、軽さと丈夫さを兼ね備えた『アルミニウムや鉄の合金』で出来たU字型の保護具のことです。
馬が歩く音と言えば、『パカッ、パカッ』という心地よい音色を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか?
あれは、『蹄鉄を付けた家畜馬が、硬い道を歩く時』限定の、現代的な音なのです。
野生馬と家畜場における『蹄の丈夫さ』の違い
では、なぜ野生馬は蹄が強く、蹄鉄を付ける必要が無いのでしょうか?
これは、野生馬は
①蹄に栄養が行き渡っているため
②蹄が鍛えられているため
と考えれています。
まず、家畜よりも野生動物には『自分がその時に必要な栄養を、探し当てることが出来る能力』がある程度備わっていると言われています。
この能力により、野生馬は自分で歩き回って、草だけでなく時には木の実などを食べることもあります。
よって、身体や蹄に栄養が行き渡りやすいようです。
一方家畜馬は、人が入手しやすく安価な数種の草(干し草など)のみが与えられるため、栄養が偏りやすくなっています。
例え、馬に野生の本能が残っていたとしても、飼育場以外を歩き回ることも出来ません。
※競走馬では、この問題を解消するため、栄養剤を与えられることもあります
また、野生馬は
・草、砂、土などの柔らかい地面
・石、岩、木の根などのある硬い地面
・傾斜
など過酷な環境を歩くため、自然と蹄が強く鍛えられます。
一方家畜馬は、人間が歩きやすい平坦な道を歩くため、鍛えられるチャンスがありません。
私達も『裸足でよく歩く人の脚の裏は、硬い!』『硬い弦楽器を指で弾く人の指は、硬い!』なんてことを知っている人もいるのではないでしょうか。
その硬い人達は、野生馬なのかもしれませんね。
蹄鉄が幸運のアクセサリー?
蹄を守るために付けられているのが『蹄鉄(ホースシュー)』ですが、『ホースシューのアクセサリー(指輪やネックレス)』なんて商品を巷で見かけたことがある人もいるのではないでしょうか?
これは、ホースシューがラッキーアイテムとして扱われているためです。
いくつか説があるようですが
・蹄を『守る』道具であるため、魔物から『守る』力がある
・馬は異物と見なしたものを『避ける』性質があるため、悪いものを避けてくれる
・蹄鉄職人は高収入であるため、金運を呼び込んでくれる
・蹄鉄を蹄に打ち込む際、7個の釘を打つのが一般的であるため『ラッキーセブン』にあやかっている
などと言われています。
ただのオシャレではなく、『お守り』の意味があったとは、知らなかった方も多いのではないでしょうか?
さいごに
今回は、『馬が立ったまま寝る仕組みや理由』『蹄鉄を付ける理由』についてお話いたしましたが、いかに『自分の脚でしっかり立つこと』が馬にとって重要か、お分かりいただけたのではないでしょうか?
打って変わって、人間社会ではリモートワークも進み、立ち時間がドンドン少なくなってきましたね。
勿論良いこともありますが、これを機に『自分の足(脚)でしっかり立つことの重要性』を再認識してみても良いかもしれません。