大腸菌に「〇✕ゲーム」を教えることに成功!
現在、人工知能の一種である「ニューラルネット」は、チェスの世界チャンピオンや将棋の名人を負かせるほどに進歩しています。
ニューラルネットではコンピューター内の仮想空間に仮想のニューロンが配置されており、与えられた条件(入力)に対するニューラルネットの判断(出力)を繰り返し評価することで、人間のように学習することが可能になっています。
一方で近年では、現実世界の材料に工夫をこらすことで、ニューラルネットを実体化させる試みも盛んに行われるようになってきました。
そのなかでも注目されているのが、生きている細胞の生命活動を利用する方法です。
大腸菌などの菌類の生命活動を遺伝子操作と学習で再プログラムし、特定の条件下で最適な判断ができるようになれば、学習可能な生体材料として機能できるからです。
そこで今回、スペインの国立研究評議会(CSIC)の研究者たちは、遺伝子操作した大腸菌を材料にして3マス×3マスの「〇✕ゲーム」ができる人工知能を作ることにしました。
「〇✕ゲーム」は一見すると非常に単純なゲームに思えますが、プレイを行うには適切な状況認識や意思決定といった、人工知能に必要な基礎が含まれています。
研究に当たってはまず、特定の化学物質に反応して赤色を発する遺伝子が活性化される大腸菌が作られ、〇✕ゲームの各マスに配置されました。
各マスには対応する化学物質が紐づけられており、人間のプレーヤーが「✕」マークを設定するごとにマスに対応する化学物質が大腸菌たちに与えられます。
たとえば人間のプレーヤーが最初に真ん中のマス⑤の位置に「✕」を設置すると、周囲の8マスに存在する大腸菌たちにはマス⑤に対応する「化学物質5」が与えられます。
大腸菌にはマス目を見て認識することができませんが、マスに対応した化学物質を与えることで、人間の選んだマスを知ることができます。
人間のマス目選択が終わると、次は大腸菌のターンになります。
このとき大腸菌たちの選択として「〇」が設定されるのは、最も赤色が濃い場所になります。
実はマス目ごとに設定された化学物質にはそれぞれ、大腸菌の内部に仕込まれた、赤色を発するための遺伝子を活性化する効果があるのです。
ただ、どのマスにいる大腸菌が最も赤くなるかは、この時点ではランダムです。
上の図では例としてマス①に「〇」が設置されている様子を示しています。
以降は同じような操作が続き、人間の選択に対応する化学物質が残りの大腸菌に与えられ、大腸菌は最も赤く光るマスを選んでいきました。
ただ大腸菌にとって残念なことに、結果がどうなるかは明らかです。
人間側は意図的に3連を狙って行動する一方で、大腸菌側はランダムにマスを選ぶだけなので勝つことはほぼ不可能だからです。
上の図では人間が勝利し、大腸菌側が負けている例を示しています。
大腸菌は運よくマス⑥に入り込むことで人間のあがりを1度阻止できましたが、結局は人間に負けてしまいます。
問題はここからです。
研究では負けたペナルティーとしてマス①・マス③・マス⑥にいる大腸菌たちに対して死なない程度に抗生物質が投与されます。
抗生物質は大腸菌にとっては嫌なものであり、大腸菌たちに自らの選択(赤く光るパターン)が間違いであったことを学習させることになります。
研究ではこのような勝負とペナルティーとしての抗生物質の投与が繰り返されていきました。
すると大腸菌たちは与えられる化学物質と赤く光るべき場所(選択する場所)の関係を構築していき、僅か8回の勝負だけで「〇✕ゲームで人間の3連達成を適切に妨害する」ようになっていることが判明しました。
各マスの大腸菌たちがニューロンの代替となり、抗生物質が神経伝達物質の代替となることで、ニューラルネットのような学習システムが構築されていたのです。
ただこの実験で大腸菌が人間に勝つことはありませんでした。
これはそもそも研究がそこまで目指していなかったためで、大腸菌に「〇✕ゲーム」に勝つメリットは学習させておらず、人間が常に先行真ん中取りをしていたためです。
しかし、明らかに大腸菌がゲームに負けづらくなったのは事実のようです。
この結果は大腸菌のような神経細胞とはまるで異なる細胞でも、その生命活動を利用することで人工知能にできることを示します。