人工合成胚に命の尊厳を認めるのか? それとも単なる人工物か?
今回の研究では、胚性幹細胞(ES細胞)を材料にマウスの人工合成胚を作成することに成功しました。
人工合成胚の内部にある臓器は機能的に動いており、内部で発現している遺伝子も自然胚と95%の類似性が認められました。
しかし、残念ながら自然胚と全く同じとはいきませんでした。
8.5日を超えて人工合成胚を培養しても、発生は停止してしまい、胚の心臓は致命的なレベルにまで肥大化していきました。
成功率の低さも課題となります。
幹細胞の混合によって生じた1万個の細胞塊のうち、胚と呼べる状態に移行したのはわずかに50個(0.5%)でした。
また培養に使われた人工子宮によって、ある程度の酸素や栄養分の供給が実現しましたが、本物の胚と違って胎盤と子宮が連結されておらず「浮いた」状態にあるため、十分量には届かなかったと考えられます。
人工合成胚をメスマウスの子宮に移植した場合も、正常な発達には全て失敗しました。
人工合成胚は自然胚に類似しているものの、健康な赤ちゃんマウスを出産させることはできなかったのです。
研究成果を工業的・商業的に利用するには、成功率を高める措置が必要でしょう。
研究者たちは現在、人工合成されたヒト胚を培養することを目的とした「リニューアル・バイオ」社を設立し、問題点の解決にあたっている、とのこと。
もし誰でも気軽に人工合成胚を作れるようになれば、不妊治療に画期的な進歩が訪れるだけでなく、移植用臓器を人工合成胚に作らせることで、誰もが病気の臓器を簡単に交換できる再生医療が実現するでしょう。
しかし人工合成胚の存在は、倫理的な議論を巻き起こす可能性も秘めています。
現在ヒト胚を用いた培養実験は受精から14日間に制限されていますが人工合成胚を規制する仕組みは存在しません。
全てにおいて自然胚と同じ機能を持つヒト人工合成胚が作成された場合、命の尊厳がある存在としてみなすか、それとも単に細胞が合成されただけの細胞塊とみなすかが問題となります。
人工合成胚が現実になった今、何を「命」とし、どの段階に「尊厳」を与えるかを再検証する必要があるでしょう。