自己増幅型mRNAを使った「がんワクチン」の臨床試験が開始
新型コロナウイルスのパンデミックは多くの悲劇の元凶となりましたが、次世代のmRNAワクチンの高い効果を実感する機会にもなりました。
mRNAワクチンがこれほどの成果をあげた背景には、ワクチンの開発スピードがあげられます。
既存のワクチンの多くは製造に数年を要していましたが、新型コロナウイルスに対するmRNAワクチンはウイルスのゲノム配列が判明してから人間に注射可能なプロトタイプができるまでわずか数日しかかかっておらず、第1相の臨床試験の開始にも3カ月はかかりませんでした。
このように超高速で新型コロナウイルスワクチンの開発が進んだのは、mRNAワクチンがもともと感染症に対するものではなく、個人用のがんワクチンとして研究されていた技術だからです。
がんの進行速度を考えると、何年もかけてワクチンを製造している余裕はありません。
そのため、mRNAがんワクチンでは患者の命が尽きる前に、がん細胞の遺伝子を素早く解読して、対応するmRNAの迅速な製造を行う仕組みが求められていました。
しかし個人化されたmRNAがんワクチンの開発が最終段階に入りかけたとき、新型コロナウイルスによるパンデミックが起こり、mRNAワクチンの製造技術は急遽、感染症予防のためのワクチン製造に転用されることとなりました。
そして新型コロナウイルスのパンデミックを経てmRNAワクチン技術はさらに磨かれ、野心的なワクチンの開発も試みられるようになってきました。
「Gridstone bio社」もそんな試みに挑む企業の1つであり、今回、同社の研究者たちは固形腫瘍のがんに対する、個別化されたワクチンの開発を行いました。
新たなワクチン製造ではまず、患者たちの体から取り出したがん細胞の遺伝子を解読し、患者たちのがん細胞だけが持つ最も特徴的な20個カ所の変異(ネオ抗原)を特定します。
そして、変異部分を中心に25アミノ酸配が対応するmRNAへと変換するのです。
がん化した細胞に広くみられる変異だけでなく、対象となる患者たちのがん細胞だけが持つ個別化された変異に焦点をあわせたmRNAを生成することで、より効果的な免疫システムの訓練を促すことが可能になります。
さらに今回の研究では、製造されたmRNAを運ぶ手段にも改良が加えられました。
既存のmRNAワクチンでは、体内に注射されたmRNAは時間の経過とともに分解される一方であり、抗体を作る能力もすぐに失われてしまいました。
そこで今回研究者たちは、mRNAを遺伝編集されたベネズエラ馬脳炎ウイルスに組み込み、mRNAに自己複製能力を付与することにしました。
ワクチンに含まれるmRNAが自己複製によって細胞内部で増殖できれば、抗体をより長い期間作り続けることが可能になり、ワクチンの効果を高い状態で維持できるからです。
加えて今回は、がん細胞から特定された変異部分の遺伝子を、無害なチンパンジーアデノウイルス(ChAd68)に組み込んだものが同時に投与されました。
チンパンジーアデノウイルスが感染すると、体はがん細胞の特徴となる変異分子を作りはじめ、免疫システムの教材になってくれます。
つまり、増えるmRNAワクチンとウイルスを運び屋にしたワクチンを混合してダブルパンチを狙ったわけです。
(※実際にはさらに免疫療法との併用でトリプルパンチになりました)
結果、山盛り教材は免疫システムを教育することに成功し(長期細胞記憶の樹立)、体内にがん細胞の特徴的な変異分子に反応するT細胞(キラーT細胞)をうみだすことに成功しました。
最終的な臨床結果では、試験期間中に投与された患者の約半数ががんの進行により亡くなられましたが、半数の患者たちではがんの進行が止まったり、腫瘍の縮小も観察され、生存期間が大幅に伸びていることが確認できました。
(※亡くなった患者の死亡原因は主にがんの進行であり、ワクチンの副作用ではありません)
半数の死亡というと失敗に思えてしまいますが、今回の試験では治療効果よりも安全性のチェックに主眼が置かれているため、仕方ない部分もあると言えるでしょう。
研究者たちは、ワクチンの効果がある程度みられたことに「私たちはこの成果に誇りを持っている」と述べています。