ヒト脳オルガノイドをラット脳に移植し接合することに成功!
現在、世界中の実験室ではヒト幹細胞から培養されたヒト人工培養臓器(ヒトオルガノイド)の製造が盛んに行われています。
ヒトオルガノイドは本物の臓器に類似する性質を持つため、医薬品開発などにおいて、人体実験の代替品として活用することが可能です。
特に脳オルガノイド製造技術の進歩は目覚ましく、研究が難しかった「ヒトの脳」の秘密を解明する手段として、より本物に近い脳オルガノイドが次々に誕生しています。
しかし、試験管で製造できる脳オルガノイドにはサイズや複雑さに限度がありました。
最大の原因は「血管」の欠如です。
ヒト脳細胞を培養することで作られるヒト脳オルガノイドはニューロンをはじめとした脳細胞のみを含んでおり、成長のために利用できる栄養や酸素などの資源は表面から自然に吸収されるものに限定されていました。
一方、本物の人間の胎児の脳は内部に無数の血管が走り、脳の巨大化に必要な栄養や酸素を効果的に取り入れ、他の臓器と化学物質を介して刺激を送り合うことも可能です。
この違いは極めて大きく、脳オルガノイドを本物の脳に近づけるにあたり、超えられない壁として存在していました。
そこで今回、スタンフォード大学の研究者たちは、ヒト脳オルガノイドの培養場所として、試験管の代りに、生まれたばかりのラットの赤ちゃんの脳を使うことにしました。
赤ちゃんの脳は損傷からの高い回復力など、変化に対応する能力が大人の脳よりも優れており、異物であるヒトの脳オルガノイドを受け入れ、血管を伸ばして栄養を提供してくれる可能性があったからです。
実験にあたってはまず、ヒトの皮膚細胞を体のあらゆる細胞に変化できる幹細胞に変え、脳細胞に再変換した後に試験管内で2カ月培養して、ヒト脳オルガノイドが製造されました。
次に生後数日の生まれたばかりのラットの頭蓋骨を切開し、大脳の「感覚皮質」と呼ばれる領域にヒト脳オルガノイドが移植されました。
(※感覚皮質は外部環境からの刺激を感知するための脳領域であり、人間にも同じような領域が存在します。移植先にラットの意識を司る領域を選ばなかった理由は後述)
研究者たちが成長していくラットの脳をスキャンしたところ、移植されたヒト脳オルガノイドにラット脳から血管が伸びていく様子や、ミクログリアと呼ばれるニューロンの生存を助ける支持細胞が入り込んでいる様子が確認できました。
そして3~4カ月後にはヒト脳オルガノイドは元の体積の9倍に成長し、ラット脳半球の3分の1を占めていることが判明。
さらに移植後6カ月が経過すると、ヒト脳オルガノイドを構成する個々の脳細胞のサイズも、試験管で培養された脳オルガノイドに比べて6倍も大きくなっており、本物の人間の脳に近い値になっていました。
この結果は、赤ちゃんラット脳は移植されたヒト脳オルガノイドを自分の脳の一部として受け入れ、血管や支持細胞を介した成長補助を行うことで移植脳組織の巨大化を助けてくれていたことを示します。
つまり赤ちゃんラットの脳を「生体培養装置」として使うことで試験管での培養よりもより本物の脳に近いヒト脳オルガノイドが作成可能になったのです。
しかしより重要なのは、移植されたヒト脳オルガノイドとラットの間に、接続が確立されていたことにありました。
研究者たちがラットのヒゲを刺激したところ、感覚皮質で成長したヒト脳オルガノイドの脳細胞が反応していることが示されています。
ラットに移植されたヒト脳オルガノイドは、ラットのヒゲの感覚神経系と接続し、ラットの感覚情報を処理する脳の一部として働いていたのです。
また安楽死させたラットから脳を摘出して調べたところ、ヒト脳オルガノイドとラット脳の間に神経接続が確立され、ラット脳の他の領域からの情報入力を受けている様子が確認できました。
そこで次に研究者たちは「神経接続があるならば、移植されたヒト脳オルガノイドを外部から操作することで、ラットの行動を変えることもできるのでは?」と考え、検証を行うことにしました。