ヒト脳オルガノイドをラットの意思を司る場所に移植する?
今回の研究では、ヒト脳オルガノイドをラットに移植する道徳的意味も考察されています。
その結果、今回に限れば、移植されたヒト脳オルガノイドがラットをヒト化することはないと述べています。
移植されたヒト脳オルガノイドはラット脳の半球において3分の1(総量の6分の1)を占めるほど巨大化しましたが、ヒトと同じような意識や知能を持つには、組織がまだまだ不足していると考えているからです。
また移植された場所が、ラット脳の意識を司る場所ではなく、体の感覚を司る場所であった点も重要です。
(※ラット脳の意識を司る場所への移植が避けられたのは、感覚を司る場所に移植したほうが、変化の測定がしやすいという事情に加えて、倫理的な負担が少なくなる利点がありました)
実際、今回の研究ではヒト脳オルガノイドはラット脳と機能的な統合を果たしましたが、ラットの認知能力や知性に影響を与えなかったことが確認されています。
では、必要十分な量と質を備えたヒト脳オルガノイドをチンパンジーなどヒトに近い霊長類の意識を司る領域に入れた場合は、動物の精神にヒト化を起こせるのでしょうか?
研究者たちはその場合「脳機能の統合が遥かに容易に進行する可能性がある」と述べると共に「道徳的観点からも遙かに懸念されるだろう」と指摘しています。
つまり将来的に、大規模かつ高品質なヒト脳組織移植を行えるようになれば、ヒトに近い霊長類の精神や知能をヒト化させられる可能性はありますが、倫理的に許されるかどうかは不明となっています。
しかし研究者たちは、また現時点では、霊長類を実験に使用する必要性は感じおらず、それよりもまずは、開発された技術を利用して作成された「よりヒト脳に近づいた脳オルガノイド」で何ができるかを確認する必要があると述べました。
確かに、赤ちゃんラット脳を生体培養装置として利用する方法がやっとみつかった段階で、チンパンジーをヒト化させる危険性について議論するのは時期尚早と言えるでしょう。
ただ異なる種族の脳組織を効率よく統合できる方法がみつかったことで、より高度な合成生物学への道も開かれたかもしれません。
補遺:脳オルガノイドが10カ月で発達をやめてしまう問題
これまでの研究では、標準的なヒト脳オルガノイド作成方法ではなぜか10カ月ほどで成長が停止することが知られており、その理由は詳しくはわかっていません。
今回、赤ちゃんラットの脳で発達したヒト脳オルガノイドでどんな遺伝子が活性化しているかを調べられましたが、母体となるラットが大人(誕生から8カ月)になった段階でも、やはりヒト胎児期の後期と同じパターンであることが判明しています。
ただ以前の研究では600日を超える超長期培養により、ヒト脳オルガノイドに乳児の脳と同じ「誕生後の学習に必要な遺伝子」を活性化させることに成功しています。
同じような超長期培養をラット脳内で行えば、より発達した段階に辿り着けるかもしれません。