母親が息子を可愛がり、娘をなおざりにする理由とは?
シャチの社会は一風変わっており、主に母親をボスとする母系集団を形成します。
子どもたちは生涯にわたって母親と暮らし、繁殖のために一度群れを離れても、いずれまた戻ってくるそうです。
一方で、シャチの母親は娘よりも息子に対して手厚いサポートをすることが以前から知られていました。
一般にシャチのメスは6〜10歳で性的に成熟して30〜40歳頃まで出産でき、オスは15歳ほどで成熟年齢に達します。
母親は自ら狩りをした餌を子どもたちに分け与えるのですが、娘には成熟年齢に達すると餌を与えなくなり、息子には成人後も餌を与え続けるのです。
この教育方針は10年以上前から分かっていましたが、そのために母親がどれほどの犠牲(コスト)を払っているかは明らかになっていませんでした。
そこで研究チームは今回、北アメリカ西部の沿岸海域に暮らす「サザン・レジデント(Southern resident)」と呼ばれるシャチ集団を対象に調査しました。
サザン・レジデントは1976年からクジラ研究センターが追跡観測を続けており、現在は約73頭が残っています。
このコロニーも年長のメスが集団を率いており、マスノスケ (Chinook salmon)を主食として子どもに分け与えています。
ここでも成熟した娘には自分で狩りをするようにさせ、息子にだけ大人になっても餌を与え続ける行動が確認されていました。
本研究では、1982年から2021年までに収集されたサザン・レジデントのデータ(母親40頭)を対象としています。
データ分析の結果、「授乳期(1〜2年)を終えたオスの子どもの生存数」と「母親が年間に産める子どもの数」との間に強い負の相関関係が存在することが判明しました。
分かりやすく言い換えれば、生き残っている息子の数が多いほど、母親の年間の繁殖確率が激減していたのです。
研究主任のマイケル・ワイス(Michael Weiss)氏は「私たちの推定では、生き残った息子が1頭増えるごとに、母親がその年に新しい子どもを産む確率が50〜70%も減少していました」と話します。
この負の相関関係は娘との間には見られず、また息子たちが成長するにつれて小さくなるわけでもありませんでした。
つまり、シャチの母親は自分の繁殖チャンスを犠牲にして、息子の世話に大きなコストをかけていたのです。
これは自分が次々と子どもを産むよりも、息子を元気に生かすことにメリットがあることを示唆しています。
確実に繁殖できる息子を育て上げることで、母親は種としての進化上の利益を得ているのでしょう。
では、娘の世話をなおざりにするのはなぜでしょうか?
これについて、ワイス氏は次のように推測します。
「母親の立場からすると、息子を優先的に助けるのはそれなりの理由があるはずです。
もし娘の世話を充実させて繁殖に成功させると、その子ども(孫)は同じ集団のメンバーになります。
つまり、群れの中にもう一頭の養い口が増えることになり、わが子と孫が競合してしまう可能性があります。
しかしオスが繁殖する場合は、他の母系集団のメスと子をなすので、自分の群れに養い口が増える心配はないのです」
要するに、娘を助けると大家族にはなるが、家計が圧迫してしまうといった感じでしょう。
チームは今後、母親のシャチにかかるコストの実害について、より詳しく調べたいと考えています。
たとえば、母親は成長した息子に餌を分け与え続けるため、自分の食料が十分に確保できないのではないかと考えられるのです。
その食事ストレスが原因となってシャチの個体数の減少に繋がっているとしたら、保護方法の改善にも役立てられるでしょう。