万引き依存症は「不適応な条件づけ学習」が原因?
窃盗症は先述したように、自分の意思で「盗みたい」欲求を制御できない疾患であるため、刑罰を与えるだけで解決する問題ではありません。
それゆえ、適切な治療が再犯を防ぐ正しい方法なのですが、窃盗症のメカニズムが分かっていないせいで治療も限定的でした。
一方で、窃盗症には薬物依存症と似た症状が見られることから、「依存症の一つなのではないか」とする意見があります。
これまで、薬物患者の強迫的は欲求は、薬を飲むことで得られる快楽への渇望や、薬の効果が切れることで生じる禁断症状への不安・嫌悪といった感情的な面で説明されてきました。
しかし近年、薬物依存症は「不適応な条件づけ学習が成立してしまうために引き起こされるのではないか」と考えられるようになっています。
不適応な条件づけ学習とは、薬物の摂取と同時に、摂取をしていた周りの環境を薬物と関連づけてしまうことです。
すると、そのような環境(手がかり)の刺激が引き金になって、生理的な反応の変化をともなう強い渇望が引き起こされてしまいます。
たとえば、薬物を摂取するときに必ず側に置いてある何かが目に入ると、自然と汗をかいたり、心拍数が上がって、「薬を飲みたい」という欲求や衝動が起こってしまうのです。
健常者なら気にならないものを薬物の”手がかり”として認識してしまう、これが不適応な条件づけ学習です。
そこで研究チームは、窃盗症においても、窃盗行為に関連する手がかり刺激に対して「不適応な条件づけ学習」がなされた結果、行動や脳活動の反応が変化しているかもしれないと考えました。
今回の実験では、有効なデータを集めるために、実際の窃盗症患者11名と健常者27名に協力してもらっています。
被験者にはまず、万引きへの渇望を引き起こすと思われるスーパーマーケットの店内や販売されている商品、万引きとは関係のない外の風景の画像やビデオを提示しました。
被験者がこれらを見ている間、アイトラッキング装置を使って視線の動きやまばたき、瞳孔の変化を追跡。
加えて、機能的近赤外線分光法(fNIRS)を用いて、脳の「前頭前皮質」の活動を測定しました。
前頭前皮質は”脳の司令塔”としての役割を持ち、記憶や意思決定、注意、実行など、思考や行動の中心となる高次機能を担う脳領域です。
その結果、窃盗症患者は、外の風景には健常者と同じ反応を示す一方で、万引きに関わる手がかり刺激に対しては、視線の注視点、まばたき、瞳孔の変化など、健常者とは異なる特異な視線パターンを示したのです。
同様に、窃盗症患者の前頭前皮質の活動パターンにおいても、視覚的な手がかり刺激を含む画像とそれ以外の画像では大きく異なっていました。
こうした、特定の手がかり刺激に対する特異な視線パターンや脳活動の反応は、健常者には見られていません。
以上のことから窃盗症患者は、万引きに関わる手がかり刺激を誤って条件づけ学習してしまった結果、健常者と異なる方法で特定の環境を知覚し、「盗みたい」という衝動や欲求を引き起こしているものと考えられます。
同じような反応は薬物やアルコール依存症の患者でも確認されているため、窃盗症は依存症と同様のメカニズムを持っている可能性が初めて示唆されました。
今回の結果から、窃盗症では視覚的な認識が健常者と異なることが判明したため、そこに焦点を当てることで適切な治療が可能と考えられます。
チームは今後、薬物やアルコール依存症の他に、ギャンブル・ネット・ゲームといった行動依存症との関連性を調べることで、窃盗症の予防や治療法を探っていく予定です。