40代でアルツハイマー病になる人々からうまれた希望の変異
コロンビアのある一族の人々は、遺伝子の一部にパイサ変異と呼ばれる危険な突然変異を持っており、若い時期からアルツハイマー病にかかりやすくなっています。
パイサ変異を持つ典型的な人々は44歳でアルツハイマー病の兆候が表れ、49歳までに発症し、60代で認知症の合併症により死んでしまいます。
過去に行われた調査では、パイサ変異は17世紀のスペインによる南米侵略の時代に村の外部から持ち込まれたものであることが示されています。
ただそれ以降、パイサ変異は集団内部で拡散し、村人たちの脳に世代を超えて壊滅的な影響を与えてきました。
一方、医学の分野では、パイサ変異を抱えた人々は貴重な研究対象となっており、過去30年にわたりグループに属する6000人以上の継続的な遺伝子検査、脳スキャン、そして死後の脳解剖が行われてきました。
しかしある日、研究者たちは奇妙な発見をしました。
ある女性(仮名:ルイズ)はパイサ変異を持っているにもかかわらず70代になっても認知症を発症していませんでした。
そこで研究者たちはルイズの遺伝子を詳細に分析することにします。
するとルイズには「パイサ変異」の他に、もう1つの遺伝子(APOE)にアルツハイマー病を防ぐ「クライストチャーチ変異」として知られる、保護的な変異が起きていることが明らかになりました。
ルイズはパイサ変異によって40代でアルツハイマー病になるはずでしたが、クライストチャーチ変異を持つことで発症が他の村人より30年近く遅くなっていたのです。
またルイズに起きた変異が彼女の脳にどんな影響を与えたかを調べたところ、ルイズの脳ではβアミロイド塊が高レベルで蓄積されていた一方で、脳の全域でタウタンパク質塊のレベルが低くなっていました。
この結果はアルツハイマー病の抑制にはβアミロイドよりもタウタンパク質が重要である可能性を示していました。
研究結果は2019年に発表され、世界の医学に大きな衝撃を与えました。
一方、今回の研究では、ルイズと同じようにアルツハイマー病に耐性を持つ男性(仮称:ボブ)が発見されたことからはじまります。
ボブもルイズと同じようにアルツハイマーになりやすいパイサ変異に加えて、他にもう一つ、アルツハイマー病になりにくい保護的変異を持っており、67歳になっても認知症を発症していませんでした。
ただ興味深いことに、ボブに起きた保護的変異はルイズとは異なるものでした。
ルイズの場合はAPOE遺伝子に起きた「クライストチャーチ変異」が保護効果を発揮しましたが、ボブの場合はRELN遺伝子に起きた「リーリン-コロボス変異」が保護効果を発揮していました。
(※COLBOSの由来はコロンビアとボストンという2つの地名を合わせたものになります)
つまり2人のアルツハイマー耐性は、違う遺伝子に起きた違う変異によって獲得されていたのです。
しかしより興味深いのは、2つの変異が最終的に類似の結果に結びついたことにあります。
ボブに起きた変異はボブの脳で何をしていたのでしょうか?