アルツハイマー病の治療標的は脳全域でなくてもいい?
ボブに起きた変異は何を起こしたのか?
謎を解明すべく研究者たちはボブの脳を調べました。
するとボブの脳では全域にわたって、アルツハイマー病の原因と言われるβアミロイド塊とタウタンパク質塊の両方が蓄積されていましたが、ただ「嗅内皮質(上の図の参照)」と呼ばれる脳の小さな領域においてのみ、タウタンパク質塊が低レベルに抑えられていることが明らかになりました。
ルイズに起きた変異は脳全域でタウタンパク質塊を減少させることでアルツハイマー病を抑制していました。
しかしボブの場合、タウタンパク質塊の抑制が嗅内皮質だけでしか行われていなかったにもかかわらず、ルイズに匹敵する保護効果を得られていたのです。
この結果が意味することは明白でした。
アルツハイマー病の抑制にはタウタンパク質塊が生成されるのを防ぐことが重要ですが、防ぐ場所は脳全域である必要はなく、嗅内皮質だけでも十分である可能性が示されたのです。
嗅内皮質は記憶・物体認識・空間移動・時間認識にかかわる脳回路の重要な交差点であることが知られています。
(※変異した2つの遺伝子はどちらもタウが脳内で塊になるのに必要なシステムを停止させる効果がありました。ただルイズの変異はそれが脳全域で、ボブの変異は嗅内皮質だけで働きました)
これまで開発されたアルルハイマー病の薬は、脳のさまざまな部位でβアミロイドの塊が生成されるのを防ぐことを目的としていました。
ですが今回の研究成果により、ターゲットをβアミロイド塊からタウタンパク質塊に、薬が作用すべき範囲を脳全域から嗅内皮質のみに限定できます。
研究者たちは現在、マウスを用いた動物実験を進めており、既にボブの変異(RELN-COLBOS変異)がマウスの脳内でタウタンパク質塊の蓄積を防いでいることを確認しつつあります。
もしボブやアリスと同じように発症時期を20~30年後ろにずらす効果を発揮する薬を開発できれば、アルツハイマー病の発症年齢を平均寿命よりも後に引き延ばせるようになるかもしれません。
危険な変異を持つボブやルイズの場合はプラスとマイナスが打ち消し合ってしまいましたが、普通の人ならば発症の平均を90歳以降に遅らせることが期待できるからです。
そうなれば実質的に、一生アルツハイマー病にかからないのと同じになるでしょう。