作曲への「創作意欲の高まり」も同時に現れた
男性は共感覚を発現すると共に、作曲への創作意欲が異様に高まったといいます。
特に深夜の午前0時から4時の間に創造性が爆発し、寝る間も惜しんで作曲に没頭するようになったそうです。
男性は医師に「私は常に曲を書くようになりました。なぜか書かずにはいられなくなったのです」と話しています。
この話を聞いて、研究主任で神経学者のレアラニ・メイ・アコスタ(Lealani Mae Acosta)氏は驚きを隠せませんでした。
というのも、脳損傷で「共感覚」か「創作意欲の高まり」のいずれかが起こるケースは知っていたものの、2つの能力が同時に発現する例は聞いたことがなかったからです。
ただ担当医は事故後の症状として両者が結びついた報告は聞いたことがなかったため驚いたようですが、共感覚の持ち主がしばしば芸術性に優れている点についてはさまざまな報告があります。
たとえば共感覚を持つ芸術家としては、小説『ロリータ』で世界的に有名なロシアの作家、ウラジーミル・ナボコフが有名です。
ナボコフは文字に色がついて見えたそうで、生前、「英語のaは長い風雨に耐えた森の持つ黒々とした色で、フランス語のaはつややかな黒檀の色である」と発言しています。
他にも、詩集『悪の華』を書いた詩人ボードレール、『叫び』でおなじみの画家ムンク、ラ・カンパネラやハンガリー狂詩曲など数々の名曲を残した音楽家リストなど、偉大な芸術家の中には共感覚を持っていた人が少なくありません。
また日本では、詩人で童話作家の宮沢賢治が「音楽を聴くとその情景が見えた」そうで、共感覚の持ち主だったのではないかと言われています。
共感覚がどのように創造性と結びつくかについても、まだ詳しい理論はありませんが、複数の感覚が同時に刺激されることで、創作意欲が刺激されたり、アイデアが次々と浮かび、創作したいという欲求が高まることはありうるのかもしれません。
しかし、医師が何より驚いていた点は、両者の結びつきというより、彼が事故によって脳にポジティブな影響のみを発現させていたという点だったのでしょう。
アコスタ氏は「外傷性脳損傷(TBI)は、患者の認知機能を損なうネガティブな結果を伴うことが大半です。しかし今回は共感覚と創作意欲の強化という2つのポジティブな結果を生み出しており、極めて稀なケースです」と述べています。
ところが、この魔法はいつまでも続くものではありませんでした。
能力の開花は事故から約4カ月つづいたものの、TBIから回復するにつれて徐々に薄れていったのです。
今では音が目に見えることも、寝ずに作曲することもないといいます。
男性は4カ月の間に数多くの曲を残しましたが、回復後は夜中に作曲をしたこと自体もよく覚えていませんでした。
後で奥さんと一緒にそれらの曲を聴いたとき「興味深いが奇妙な感じだった」と評しています。
一方でアコスタ氏らは「男性の症例は本当に稀なケースであり、脳の損傷は基本的には患者に悪影響しか与えない」と注意を促しました。
誰もそんなことはしないと思いますが、超能力を手に入れるためにわざと頭をぶつけるようなことは止めておきましょう。