寄生虫は「感染アリを高級食材」にしてキツツキに移動するのが最終目標
多くの場合で寄生虫が宿主に利益を与えるのは、後で自分が食べるために太らせるのが目的です。
しかし寄生虫「A.brevis」は自分自身が宿主を食べるといったこともなく、ひたすら長寿と繁栄(VIP待遇)を感染アリにもたらしてくれます。
ではそんな寄生虫「A.brevis」はどこからやってくるのでしょうか?
その答えはアリたちの天敵「キツツキ」の糞にありました。
アリ(T.nylanderi)たちには栄養価の高いキツツキの糞を集めて巣に運び、幼虫たちのエサにする習慣があります。
このときキツツキの糞と一緒に寄生虫の卵がアリ幼虫の体内に入り込み、後の感染ニートアリとなります。
寄生虫「A.brevis」にとってアリは中間宿主に過ぎず、大人になって卵を産むのは最終宿主であるキツツキの体内に入って以降です。
つまり寄生虫「A.brevis」は「キツツキ」➔「キツツキの糞」➔「アリ」➔「キツツキ」というサイクルを繰り返し、生活していると言えるでしょう。
このサイクルを完了するには感染ニートアリがキツツキに食べられる必要があります。
もしキツツキの襲撃がなければ、感染ニートアリは長い寿命をずっと楽しめるでしょう。
しかし自然界はそう都合よくありません。
永遠に続くと思われ得た感染ニートアリの優雅な生活も、ついに終わる時が来ました。
感染ニートアリが属するアリ(T.nylanderi)たちは通常、木の幹や枝、どんぐりの中を巣にしているのですが、このような住処は天敵となるキツツキからの襲撃を受けやすい場所でもあります。
キツツキの襲撃を受けるとアリたちの住処である木が破壊され、容赦なく捕食されていきます。
このとき長寿を誇る感染ニートアリは、その特性全てが仇になります。
キツツキの襲撃が数年おきのレアイベントであっても、長生きの感染ニートアリはキツツキの襲撃に遭遇する確率が格段に高くなります。
そして「まるで狙ったかのように」感染ニートアリの体はキツツキにみつかりやすい薄色で、若々しく太っており、キツツキが食べやすいように外骨格が柔らかく、長年の引き籠り生活ゆえに満足に逃げれません。
つまり感染ニートアリはキツツキにとっての「極上のエサ」の要件を完璧に満たしています。
アリとしては準不老とも言える寿命を得て女王を超える超VIP待遇を受けてきた感染ニートアリの最後の役目は襲撃者に「食べられること」だったのです。
子供向けのおとぎ話にするにはブラックジョークが効き過ぎた結末と言えるかもしれません。
研究者の何人かは寄生虫とアリの関係を「悪魔との契約みたいだ」と感想を述べています。
しかし主人公「感染ニートアリ」が食べられた以降も話しは続きます。
感染ニートアリの死後、アリの体内にいた寄生虫はキツツキの体に入り込んで大人になり、寄生虫の卵をキツツキの糞にまぜて放出するようになります。
そして、アリたちはその糞を集めて幼虫に食べさせ、新たな感染ニートアリを作り出します。
感染ニートアリが如何にして誕生し、いかにして最後の役目を果たすかを調べた研究は2021年に『Royal Society Open Science』に発表され、大きな反響をうみました。
しかしこのときは寄生虫「A.brevis」が感染したアリにもたらす変化が確認されただけで、いったいどんな仕組みで寄生虫がアリを長寿化・ニート化・VIP化させていたかは不明のままでした。
そこで今回ヨハネス・グーテンベルク大学の研究者たちは感染ニートアリ生成の謎の解明に挑むことになりました。
寄生虫「A.brevis」はいったいどんな魔法を使ってアリの精神と体をあやつったのでしょうか?