47年かかる計算を瞬時に実行できる量子コンピューターを開発
今から数年前、2019年にGoogleは自社が開発した53量子ビットを有する量子コンピューターで「量子超越性」を達成したと発表しました。
量子超越性とは既存のコンピューターでは何十年もかかる事実上不可能な計算を数秒で行うといった、圧倒的な量子コンピューターの性能の優越性を意味します。
古典的なコンピュータではスイッチのオン・オフを高速で行うことで計算を行いますが、量子コンピューターは量子世界の不思議な「重ね合わせ」の仕組みをつかって「オンでもありオフでもある」状態に対して刺激となる入力を行い、一瞬で答えに辿り着くことが可能になっています。
たとえば一般的なコンピュータでは、ビットはいつでも「0」か「1」のどちらかの状態です。
これに対して量子ビットは、量子力学の特性を活用することで「0」と「1」の両方の状態を同時に持つことができます。
これは「重ね合わせ」と呼ばれる状態です。
つまり、2つの量子ビットがあれば、それぞれが「0」または「1」の状態を同時に持つことができ、これにより一度に4つの状態(00, 01, 10, 11)を表現することが可能となります。
対照的に、通常のコンピュータでは2つのビットで2つの情報を持つことしかできず、それぞれのビットが独立して動作するため、同じ4つの状態を表現するには4回の操作が必要です。
したがって、量子コンピュータはその特性により、一度に多数の計算結果を処理することができ、これにより通常のコンピュータでは解くのが難しいまたは不可能な問題を解く能力を持つ可能性があります。
ユーモアのあるノーベル賞物理学者のレオン・レーダーマンは、こうした量子コンピュータの働きについて、10通りの組み合わせの暗号を検証する際、通常のコンピュータが1回の検証に1秒かかる計算を10回繰り返す間、量子コンピュータは10の並行宇宙を使って1秒で答えを見つけるようなもの、と表現しています。
これは量子コンピュータが科学、医療、暗号学、AIなどの分野で革命を起こす可能性を秘めている理由の一つです。
Googleが発表した量子超越性はそんな未来世界を感じさせる、歴史的イベント……になるはずでした。
しかしGoogleの発表から間もなくGoogleの量子コンピューターが成し遂げた膨大な量の計算を、ライバル社が保有する既存のスパコンを使って、わずか6.18秒で達成したとする報告が行われました。
Googleの量子コンピューターが膨大な量の計算を一瞬で行ったのは事実ですが、既存のスパコンの性能を圧倒する超越性には至らなかったことを示しています。
そこで今回Googleの研究者たちは、量子ビットの数を2019年の53個から70個に増量した新型を開発しました。
量子ビットが17個増えただけに思えますが、量子ビットは1つ増えるごとに理論上の計算能力が2倍になります。
これは各量子ビットが2つの状態(0または1)を「重ね合わせ」の状態で同時に保持できるためです。
実際Googleが開発した70量子ビットを備える新型量子コンピュータの性能を旧型の53量子ビットのものと比べてみると、計算能力が2億4100万倍に跳ね上がっていることが示されました。
過去にGoogleの53量子ビットが成し遂げた計算量を6.18秒で成し遂げたとするライバル社のスパコンの能力は確かに凄いです。
しかし70量子ビットにパワーアップした新型量子コンピューターが「一瞬」で行った計算量を、このスパコンにやらせると、必要な年数は47.2年に及ぶことがわかりました。
そのため研究者たちは新たに開発された量子コンピューターについて「古典を超越した量子計算の領域にしっかりと入っている」と評しています。
また量子コンピューターには計算の正確さに影響を与えるノイズの問題が知られていましたが、今回の研究ではノイズ管理を改善する方法が示されました。
量子コンピュータは、古典的なコンピュータの限界を超えて複雑な問題を解決することを目指しています。
しかし実際にはノイズという大きな障害が存在し、量子プロセッサの計算能力を最大限に引き出すことが難しい状況にあります。
量子ビットが持つ複数の状態は非常にデリケートで、外部からの干渉(これを「ノイズ」と呼びます)により破壊されやすいという問題があるからです。
観測されなければ状態が確定しないのが量子世界の不思議な部分ですが、現実世界では無数の電波や土壌から発せられる背景放射線が飛び交っており、それら全ての外部要因が「観察」を勝手に行ったことにして、計算結果を出す前に量子の重ね合わせを破壊してしまうのです。
そしてノイズが混入すると、計算結果が不正確になったり、量子ビットが予期しない状態に遷移することで、コンピュータが正しく機能しなくなる恐れがあります。
そのため量子コンピューターは一瞬で計算を終わらせる能力を持ちながら、計算結果が正しいかを確かめるために、その「一瞬」を複数回繰り返さなければならないのです。
そこで今回の研究では、ランダムサーキットサンプリング(RCS)という手法を用いて、ノイズとの戦い方を模索しました。
そして、適切なタイミングで計算を進行させることで、量子がノイズの影響を受けることなく計算を完了する、という「明確なフェーズ」を発見したというわけです。
「明確なフェーズ」を特定することは、量子計算の効率を最大限に高め、ノイズの影響を最小限に抑えるための重要なステップと言えます。
とりあえずの量子超越性が確認された現在、今後の量子コンピューターの開発の主眼はノイズを軽減し信頼性を向上させることに集中していくことになるでしょう。