「恐怖心によるビビり逃走」を起動させるメカニズムを解明
チームは、恐怖心によるビビり逃走に関わる物質を特定するため、様々な物質を欠損させたショウジョウバエを作成しました。
その結果、「タキキニン(Tk)」という神経物質を欠損したハエは、恐怖状態に陥らせても、平常時と同じく視覚刺激から逃げないようになったのです。
そして別の実験から、脳内に30個ほどある「Tk神経細胞(Tkを発現する神経細胞としてチームが命名)」が、恐怖心によるビビり逃走を起こすのに必須であることが分かりました。
では、Tk神経細胞は具体的に、恐怖や視覚刺激に応じて、どのような神経活動を示すのでしょうか?
これを検証するため、チームは神経細胞の活動を蛍光させる技術を活用。ここでは神経細胞の活動量が高いほど、蛍光輝度も強くなります。
すると、Tk神経細胞は恐怖に陥ることで活動量を上昇させることが分かりました。
さらに面白いことに、Tk神経細胞は恐怖状態にあるときにのみ、視覚刺激に反応して、「シータ活動」を示していました。
シータ活動とは隣の神経へ情報が伝わる神経の発火という現象が、4〜8Hzの周期で起きる神経活動パターンのことです。
こうした脳の神経活動パターンを脳波と呼び、シータ活動はシータ波(周波数が約4-8ヘルツHz)という名前で呼ばれます。こちらの呼び方の方が馴染み深い人も多いでしょう。
シータ波はよくリラクゼーション、創造性、直感、記憶の再生、瞑想状態に関連して観察されると報告されます。
ヒーリングミュージックの動画などで「θ波」という単語を見かけるのもそのせいです。
それが恐怖反応に関連して見られたというのは興味深い印象があります。
そこでチームは最後に、シータ活動が本当に視覚刺激からの逃走反応を引き起こすのか検証しました。
実験では、ハエに光を照射するだけで神経細胞の活動量を上昇させられる手法を用いています。
これにより、恐怖心を誘発することなく、Tk神経細胞のシータ活動だけを発生させることが可能になります。
そして実験の結果、Tk神経細胞のシータ活動が生じるだけで、平常時のハエでも視覚刺激から逃走し始めることが明らかになりました。
以上の結果から、恐怖心によるビビり逃走は、脳内のTk神経細胞のシータ活動により起動すると結論されています。
よくリラックスと関連付けられるシータ波の活動ですが、シータ活動は海馬という脳の領域と強く関連していることが知られていて、海馬はストレスや恐怖の反応とも関連しています。
そのため古くから、恐怖や不安の状況では、海馬のシータ波活動が増加することが報告されています。
今回の研究はショウジョウバエを使っていますが、報告内容は人間の脳活動とも一致しているようです。
闇夜に浮かぶ柳の木がオバケに見えたなんて、豪胆な人は臆病者だと笑うかもしれませんが、実際はハエのような昆虫から、私たち人間に至るまで、生物が広く保有する危機回避のための脳活動です。
そしてそこにはシータ波が重要な働きをしているようです。