ノーベル賞級成果は研究費を「広く浅く」配るほうが増えると判明!
研究費は新たな科学的発見を行うための、非常に重要な要素です。
特に生命科学・医学分野では研究費が無ければ、実験動物を飼うことも、必要な試薬を揃えることもできず、文字通り何もできません。
逆に、莫大な研究費があれば、他国の研究者が費用のせいで実施を躊躇っていた大規模研究を実行したり、多数の研究者を雇って競争者よりも早く研究成果を出すことが可能になります。
研究成果は、ある意味では早い者勝ちであり、最も早く発表できた者だけが「発見者」の名を得ることが可能です。
しかし基礎研究に投じられる公的資金には限りがあります。
そのため重要となるのが、どの研究にいくらを投じるかです。
これまでの研究により、研究費が多ければより優れた研究成果が得られる傾向があることは判明していました。
莫大な予算で優れた研究者を雇用し高価な実験機器を導入する大規模プロジェクトは、研究成果がハイレベルの学術雑誌に掲載される傾向が高く、評価も高くなるからです。
一方、ノーベル賞受賞につながる研究の「特性」を分析した研究では、ノーベル賞級の研究は「少人数のチーム」により、事前の関連論文を介さずに「突然発表される」傾向が強いことが示されています。
またそのような研究の多くは発見当初の評価は低いものの、時間が経つにつれて評価が見直されるといったパターンが多くなっています。
そこで今回、筑波大学の研究者たちは日本の生命科学・医学分野における、研究費と研究の新規性の関係を数量的に解析することにしました。
調査に当たってはまず、1991年から2013年の間に開始された18万件のプロジェクトを対象に、各研究の持つキーワードが画期的(萌芽的)なものだったかが調べられました。
現在、多くの人たちによって知られる「体内時計」や「iPS細胞」といったキーワードも、発見や開発が行われた当初は普及率が低く、研究のキーワードとしても使われていませんでした。
そのような誰も注目していない状況で、最初に体内時計やiPS細胞をキーワードに入れた研究は、たとえ当初の評価が低くても、極めて画期的(萌芽的)と言えるでしょう。
実際、最初に体内時計の仕組みを発見した人や、最初にiPS細胞を作った人(日本の山中伸弥氏ら)にはノーベル賞が贈られています。
そのため各研究の持つキーワードの新規性と、その後どれくらい他の研究に普及したかを調べれば、各研究がどれだけ画期的(萌芽的)かを知ることが可能になります。
そして得られたデータを、各研究に投じられた研究費と比較しました。
結果、金額の面では、研究グループの代表者(大学教授など)に投じられる金額が多くなるほど、より画期的な研究成果を多く創出できることが判明します。
これまでの研究で15~20%の研究者たちが全論文の50%を生み出していることが判明しており、活発な研究者がいるグループに助成金が集まるのは不思議ではありません。
ただ5000万円以上の高額帯になると、研究成果の創出が横ばいになり、ノーベル賞級のキーワード創出数に至っては研究費の供給後に減少する様子もみられました。
また投資家としての面では、2倍の額が2倍の成果といった直線的な関係がみられるのは500万円以下の研究費に限られており、その後は研究費が増加しても得られた成果の増加は緩やかになっていきました。
そのため500万円以下の少額をより多くの研究者に配るほうが、論文数も画期的トピックの創出も、ノーベル賞級キーワードの創出の全てにおいて、より良い成果が得られると結論されました。
さらに研究カテゴリーの面では、過去の業績にとらわれず、さまざまな研究者に分配する方が、投資効率が高くなりました。
これらの結果は、日本の生命科学・医学分野の基礎研究においては、少額の研究費を多くの研究者に「広く浅く」分配するほうが、集中投入するよりも、研究成果を上げられることを示しています。
また科学的な新規性を生み出すためには、多様性が必要であることも示しています。
(※ただ高額の研究費を投じないと成果が得られない研究が存在するのも事実です。そのような貴重な研究成果については、単純な投資効率で価値を測るのは困難と言えるでしょう)
研究者たちは今後、生命科学・医学以外の分野や海外のケース、応用研究についても同様の分析を行い、結果の普遍性についての検証を進めると述べています。
もしこの傾向が日本独自のものであった場合、日本は「大きな研究」が弱く「小さな研究」が強いということを示すものとなるでしょう。
いい面に注目すれば研究のすそ野が広く、悪い面に着目すれば戦略的資金投入が苦手と言い換えられ、日本の研究風土を解明する上でも貴重なデータとなるでしょう。