反物質は重力に引かれるのか、弾かれるのか?
重力は材質に関係なく、すべての物体に同じように働くことが知られています。
かつてガリレオ・ガリレイは、さまざまな素材のボールを小さなスロープで転がすことで、鉄球も鉛玉も同じ速度で転がることを実証しました。
(※ピサの斜塔からボールを落としたというのは後世の創作と考えられます)
またアインシュタインによって、重力の正体が時間と空間の歪みにあるとする、一般相対性理論が発表され、現代の重力理論の基礎が築かれました。
アインシュタインの重力理論では、物体自身は直線運動をしているつもりでも、時空の歪みに沿って移動することで、あたかも一定の方向に引き寄せられるような動きを見せるとされています。
つまり重力の実体は時空の歪みであり、重力という力そのものがあるわけではないのです。
地球と月の重力の強弱も、その本質は時空の歪みの「きつさ」にあると言えるでしょう。
(※重力という概念を想定したほうが理解しやすいために使われているに過ぎません)
一方、私たちの宇宙には物質とは対になる反物質が存在することが知られています。
たとえば電子の反物質である陽電子は、マイナスではなくプラスの電荷を持っています。
またクォークからなる原子核「陽子」は通常プラスの電荷を持ちますが、反クォークから成る反陽子はマイナスの電荷を持ち、プラスの陽電子と組み合わせることで反水素を作ることが可能になります。
このように、反物質の多くは通常の物質と反対の性質を持っていることが知られており、いくつかの野心的な理論では、反物質は重力源に引かれるのではなく押される「反重力」の性質を持つとされていました。
しかしこれまで、反物質が重力に対してどのように振る舞うかは、明確に確かめられていませんでした。
重力に反応するかどうかを確かめるなんて簡単な実験のように思う人もいるかも知れません。しかし反物質は簡単な検証をすることすら非常に難しいのです。
反物質は作るのが困難であるだけでなく、作ったとしても物質によって構成される「箱」に入れることはできません。
多くの反物質は通常の物質と接触すると対消滅反応を起こしてしまうことが知られているからです。
もしガリレオが重さ10㎏の反物質のボールをピサの斜塔から落とそうした場合、手が反物質に触れた瞬間に対消滅が発生。
莫大なエネルギーによってピサの斜塔ごと消し飛んでしまうでしょう。
(※反物質1gの対消滅はTNTに換算して43キロトンの出力になります。10㎏の反物質ならばTNT換算でおよそ430メガトンとなり、史上最大の核爆弾であるツァーリボンバー(50メガトン)の8倍以上の出力になると考えられます。)
普通の環境では、反物質の自由落下を観測するのは不可能に近いと言えるでしょう。
そこで今回、CERN(欧州原子核研究機構)の研究者たちは、反物質の保持と落下速度を測定できる磁気トラップ装置を開発し、史上初となる反物質が重力にどう反応するかを実証することにしました。