理科の授業で「新種のコガネムシ」が見つかる!
今回の化石は2022年9月、慶應義塾高等学校で行われている3年生必修の「地学基礎」の授業において発見されました。
この授業では、栃木県・那須塩原市にある「木の葉化石園」により、その敷地内に分布する約30万年前の地層から掘り出された岩石が教材として提供されています。
木の葉化石園は以前から、握り拳ほどの岩石ブロックを袋に詰めてお土産用として販売していましたが、本研究主任の相場氏が1995年に、その岩石を使って生徒たちに教室内で化石採集を体験してもらう授業法を考案しました。
そして当時3年生だった八谷航太君(現・慶應義塾大学 環境情報学部1年生)が、その岩石を割って驚くべき発見をします。
なんと全長約25ミリのコガネムシの化石がほぼ完璧な状態で見つかったのです。
実際の写真がこちら。
化石は5センチほどの岩石の中に保存されており、頭や胸、翅(はね)、脚の細部にいたるまで精巧に残されていました。
化石はその後、詳しい調査を行うため、相場氏に委託されています。
そして調査の結果、大アゴの外側が丸く分かれている特徴からセンチコガネ科のセラトフィウス属(Ceratophyus)の一種であることが判明しました。
センチコガネ科は、コガネムシ上科に含まれるコガネムシの仲間で、日本にはオオセンチコガネ・センチコガネ・オオシマセンチコガネの3種のみが分布しています。
一方で、セラトフィウス属は日本に生息していない上に、化石標本がどれも海岸産なため、新種なのか既知種なのかを調べるのが困難でした。
そこで相場氏は、セラトフィウス属の専門家であるカレル大学のデイビット・クラール氏に協力を依頼します。
その結果、大アゴと前胸背板の特徴的な形からセラトフィウス属の新種であることが明らかになったのです。
新種の名前は発見者である八谷君に因んで「ヤタガイツノセンチコガネ(学名:Ceratophyus yatagaii)」と命名されました。
また化石にはツノがないことからメスの個体であることが分かっています。
「絶滅種」としては最も新しい時代の化石
新種を含む岩石が採掘された那須塩原の地層は、約30万年前の更新世中期にできたもので、明治時代から多くの植物と昆虫の化石を産出していました。
昆虫化石はこれまでに112種が見つかっていますが、そのどれもが今も生きている現生種の化石となっています。
1億年前の恐竜時代ならまだしも、30万年程度だと今日も普通に生きている種が多いのです。
ところが今回見つかったヤタガイツノセンチコガネは、すでに地球上にはいない絶滅種であることが確認されました。
相場氏いわく、これは「世界でもっとも新しい時代の化石絶滅種」となるようです。
それから、新種の属するセラトフィウス属は現在の日本には生息しておらず、世界的に見ても、地中海周辺・ヒマラヤ・モンゴル・中国の内陸部・ロシア・アメリカに断片的にしか存在していません(上図を参照)。
これらの場所は高地で乾燥している地域がほとんどです。
しかし30万年前の日本は植物化石のデータから温暖で湿潤であったことが分かっています。
このことは30万年前のセラトフィウス属の生息環境が今とは大きく違っていたことを示唆するものです。
なぜ生息環境が変わってしまったのか、どうして日本から絶滅してしまったのか、これらの謎を解き明かす上でも今回の化石は貴重な資料となります。
また相場氏は、同じ那須塩原の岩石を使った化石採集体験は全国の100校以上の学校や、博物館および公民館にも広がっているため、今後も新種の化石の発見が期待されると話しました。