生殖さえできれば寿命はどうでもいい
なぜ生殖能力が高いと寿命が縮むのか?
生殖能力の強化と個体の長寿化はどちらも種の繁栄において重要な要素であり、どちらも獲得できるのならば、それに越したことはありません。
生殖と長寿が両立すると、数が増えすぎて食料が不足するという問題があるのは事実ですが、人類進化の大半は厳しい野生環境にあり、増えすぎることを心配するよりも、絶滅しないように踏みとどまることに多大な努力が向けられていました。
ですが、増えすぎを心配しなくていい状況においてですら、生殖能力と寿命の両立は困難だったでしょう。
というのも、自然選択においては、生殖のほうが遥かに重要な要素になるからです。
自然界を見回して生殖能力強化と長寿化のどちらを種の繁栄手段として選択しているかをみれば、ほとんどの場合で生殖能力が選ばれていることがわかります。
多くの生命にとって生殖力が強化される変異を得られるならば、寿命は犠牲にしてもかまわない(どうでもいい)のでしょう。
巨大な脳を持つ人間やゾウの場合、知識の蓄積と維持という観点において有利なために長寿化したと考えられています。
しかしその場合でも、生殖能力の強化のために多少の寿命を切り捨てるという選択は、集団内部で自分の遺伝子を拡散するのに有利に働きます。
また生殖能力は若い間に必要とされますが、高齢になってからはあまり必要とされません。
そのため生殖能力がある若い時期に有利な変異を積極的に受け入れ続けてきた結果、寿命に悪影響が及び、やがてトレードオフ的な関係が成立したと考えられます。
つまり老化は早期かつより多くの生殖のための自然選択を行った結果の副産物であるとも言えるでしょう。
では、生殖能力の強化と寿命の短縮は、現在の人類でも起きている現象なのでしょうか?
今回の研究では答えを得るべく、1940年生まれのヒトの遺伝子と1965年生まれのヒトの遺伝子を比較しました。
結果、1965年生まれのヒトのほうが、生殖能力を高める変異が多くなっていることが判明しました。
トレードオフの仮説に従うならば、25年間の間に人類の寿命も削られたことになります。
つまり生殖能力と寿命のトレードオフは現在進行形で人類の内部で起きているわけです。
現代の少子高齢化という状況を見ると、この結果はかなり反対のことを言っているように見えます。
しかし医療技術などの環境要因の改善が極めて強力に働いており、個人レベルでの寿命の低下は見えにくくなっています。
さらに避妊方法の充実によって、実際は生殖活動は熱心に行っていても子供を残さないという人も増えています。
本来、現在の人類は生殖能力が上がっていて、寿命は短命化していく傾向にあるのに、これらの要因で全てがまるで逆に見えているのかもしれません。
今回の研究では、同じ条件である人々を集めて比較がなされており、トレードオフが検知できるほど環境要因の排除が実現しました。
人間において拮抗的多面発現仮説(生殖能力と寿命のトレードオフ)が明確に実証されたのは今回の研究がはじめてと言えるでしょう。
研究者たちは今後、アフリカ系やアジア系の人々にも同じ現象(生殖能力と寿命のトレードオフ)が起きているかを調べていくと述べています。