現代人が直面する「社交不安障害」とは
現代社会を生きる多くの人々にとって「社交不安障害(social anxiety disorder:SAD)」は大きな問題となっています。
社交不安障害は、社交恐怖(social phobia)とも呼ばれ、人前で失敗したり、恥ずかしい思いをすることを極端に恐れ、そのような社会的状況にいると強い不安や苦痛を感じてしまう症状です。
その症状が深刻であるほど、人間関係の構築や対人コミュニケーションが円滑に進まず、仕事面でも私生活でも支障をきたしてしまいます。
研究主任のショーン・マクドナルド(Shaun Macdonald)氏によると「社交不安障害は現代人の12%が人生のどこかの時点で経験しており、生活の質の低下に直面している」といいます。
こうした不安感情は心を落ち着かせる音楽を聴いたり、瞑想することで軽減できることが知られていますが、そうした方法は実際の社会的状況において実践できない点で問題視されていました。
例えば、会議中に急にイヤホンをつけて音楽を聴いたり、プレゼン中に瞑想し始めることはできません。それをやったら別の意味で社会的問題になるでしょう。
そこでマクドナルド氏らは、周りの人に気づかれず、静かに不安感情を緩和できるような方法を模索しました。
そうして目をつけたのが、手持ちサイズの携帯型バイブレーション装置です。
振動で不安感情が和らぐ
チームがこのアイデアを思いついたのは、振動のような触覚が人々の心理的苦痛を和らげるのに有効であることが以前の研究で示唆されていたからです。
マクドナルド氏も「振動の感覚にはストレスの多い状況下で、心臓の鼓動や呼吸の速さを落ち着かせる効果を持つことが示されている」と話します。
また手持ちサイズで静かな振動であれば、会議中でもこっそり持っておきやすいでしょう。
そこでチームはまず、社交不安障害を抱えているボランティア20人を対象に、手のひらサイズのオブジェを好きに作ってもらう課題を与えました。
材料にはレゴや粘土、フェイクファー(人工毛皮)など、各々が心地いいと感じる素材を自由に使ってもらいます。
こうして参加者は、ネコやハムスターを思わせるような毛皮のボール、指の握りにフィットするように整形した粘土、顔つきの人形などを作りました。
次にチームは、それぞれのオブジェに異なるタイプの振動を発する装置を加えました。
ここで参加者には、各々が心地いいと感じる感覚(例えば、ネコが喉をゴロゴロ鳴らす音、小川のせせらぎ、雨がポタポタと降る音)を思い出せるような振動パターンを自由に選んでもらいました。
雨の音が心地いいと感じる人は、それを想起できるような振動パターンを発する装置を自身のオブジェに組み込みます。
その結果、参加者の90%は振動するオブジェを握っているのが楽しいと感じ、70%が心が落ち着くのを感じると回答しました。
さらにチームは別の29人の参加者を対象に、Zoomを使って3分間のプレゼンテーションを行う実験に協力してもらっています。
ここで参加者の半数は先と同じ振動するオブジェを握り、もう半数は何も持たない状態でプレゼンテーションを行ってもらいました。
実験中には生理的反応を計測するセンサーを装着してストレス反応を調べ、また実験後にはプレゼンテーション中に感じたことをアンケートで報告してもらっています。
その結果、客観的な生理的反応ではどちらのグループにも有意な差が見られませんでしたが、自己報告した主観的な不安レベルについては振動するオブジェを持っていたグループで大幅な減少が確認できたのです。
同チームのスティーブン・ブルースター(Stephen Brewster)氏は「これは小規模な研究ではありますが、不安をあおる社会的状況において、心地いい振動が感情的な不快感を軽減する価値があることを示唆する結果である」と説明しました。
それに加えて「さらなる研究を進めることで、振動触覚技術が社会不安を抱える人々にもたらす利点についての理解が深まり、将来の製品化につながる可能性がある」と述べています。
近いうちに、心地いい振動で感情面をサポートしてくれる「ふるえるクン」みたいな名前の携帯型デバイスが発売されるようになるかもしれません。