『日本書紀』の中に「尻尾のある人」が出てくる?
WHO(世界保健機関)によれば、毎年生まれる新生児の約6%には何らかの先天異常があると報告されています。
先天異常は患者とその家族の「生活の質(QOL)」に多大な影響を及ぼすため、非常に懸念すべき問題です。
しかし意外にも、先天異常の本格的な医学研究は1960年以降に始まったばかり。
近年でこそ、医療技術の発展も相まって先天異常の研究は進んでいますが、1960年以前の事情について知るのはとても困難です。
それを知るには過去の医学論文に散らばる症例を探して集める必要がありますが、先天異常に当てはまる報告が少ないため、医学論文誌が出版されるようになった1800年代以降のことでさえ、不明瞭のまま残されています。
ましてや、もっと昔のことになると、先天異常の実態解明はほぼ不可能と考えられていました。
しかし、そこに一条の光を投げかけたのが『日本書紀』です。
『日本書紀』は、奈良時代の西暦720年に成立したとされる日本最古の史書のひとつです。(もうひとつは712年に編纂されたとされる『古事記』)
『日本書紀』には、初代の神武天皇〜41代の持統天皇に至る天皇の事績が記されており、古事記が全3巻を4カ月ほどで編纂されたと言われるのに対し、日本書紀は30巻もあり39年近い期間を使って編纂されたとされています。そのため日本書紀は古代日本や周辺諸国の歴史を知るための貴重な記録となっています。
また、そこには政治的イベントのみならず、古代日本に起きた災害や天文、奇形を持った人に関する記録が残されているというのです。
実は今回の調査も、研究主任の東島沙弥佳(とうじま・さやか)氏が「確か『日本書紀』には尻尾の生えた人がいるという記述があったな」と記憶していたことからスタートしました。
その尻尾の生えた人とはおそらく、「井光(いひか)」を指していると思われます(『古事記』では井氷鹿と表記)。
『日本書紀』には、このような記述があります。
「人有りて、井の中より出でたり。光りて尾有り。
天皇問ひて曰く「汝は何人ぞ」
応えて曰く、臣は是れ国神なり。名を井光と為す」
これは要約すると井戸の中から人が出てきたと思ったら、ピカピカと光っていて、おまけに尻尾まで生えていたという内容です。
この井光は、水神または井戸の神として信仰されている女神と考えられています。
他にも日本書紀には2つの顔をもつ宿儺 (すくな)と呼ばれるものも登場します。
これらは真実を描いたわけではなく、医学的知識のなかった時代の人々が、何らかの先天異常を比喩して描いた可能性が考えられます。
だとすればこのような特殊な記録の中から、過去の日本にあった先天異常のもっと確かな例を見つけることができるかもしれません。
そこで研究チームは、日本書紀の記述から先天異常の確かな例を探すという調査を始めたのです。