共生細菌は宿主に耐寒性を与えていた
地球上にはさまざまな環境がありますが、南極海域は最も厳しい場所の1つとなっています。
南極周辺の海水温度はマイナス1.9℃にまで低下することが知られており、このような低温環境では細胞内の水が凍りついて生命活動の維持が不可能になっていまうことがあります。
また低温では細胞膜の流動性が低下したり、タンパク質の機能維持が難しくなることが知られています。
一方で南極周辺の海には多くの生物が存在しており、以前は、それらの生物たちは全て何らかの凍結防止システムを持っていると考えられていました。
たとえば以前に行われた研究では、アイスフィッシュと呼ばれる南極周辺の海に住む魚たちは、DNAの中に「不凍タンパク質」の設計図を持っていることがわかっています。
不凍タンパク質は氷結晶の成長を抑制することで凍結温度を低下させ、細胞の損傷を最低限に抑えます。
しかし近年の研究により、南極に生息する一部の生物のDNAには、不凍タンパク質の設計図が含まれていないことが明らかになりました。
そこで今回、マルケ工科大学の研究者たちは、南極周辺の海域に存在する生物がどうやって極寒の地で凍らず生きているかを調べることにしました。
調査にあたってはまず南極周辺の海底3カ所の海底堆積物をすくい上げ、生き物を探しました。
採取された場所の水温はいずれもマイナス1℃前後であり、低温に耐性がない生物は生き残れません。
すると3種類の多毛類(ミミズやゴカイ類の仲間)が生息していたことが判明。
このうち2種は死んだ生き物の残骸を食べる腐食性で、1種は捕食者であることもわかりました。
どうやら極寒の海底でも食うものと食われるものから成る生態系が築かれていたようです。
次に研究者たちは遺伝子分析を行い、誰がどのタンパク質を製造しているかが調べられました。
すると3種類の多毛類の他に複数の生命の遺伝子が含まれていることが判明。
それらの遺伝子が、多毛類の体内に生息する共生細菌のものであることがわかりました。
また特に多くみつかったのは、Meiothermus silvanusと2種類のAnoxybacillusであることが明らかになりました。
これまでの研究により、Meiothermus silvanusと AnoxybacillusのDNAには極寒の条件に適応するためのいくつかの遺伝子が含まれており、その中には不凍タンパク質があることが報告されています。
またMeiothermus silvanusからは寒冷環境でのタンパク質の機能維持に役立つタンパク質を生産しており、Anoxybacillusは細胞膜の流動性を調節するタンパク質や凝固点を下げる効果があるグリコールとプロリンなどを生成する酵素を作れることが知られています。
そのため研究者たちは「体内に生息する共生細菌が生産するタンパク質によって多毛類が寒さや凍結から身を守っている」と述べています。
宿主が生きていけるように仕向けることは、共生細菌にとってもメリットがあるため、この関係はWin-Winであると言えるからです。
今後、共生生物を含めた海洋生物の遺伝子分析が進めば、寒い地域に生息する多くの動物たちが共生生物と不凍タンパク質で結ばれていることがわかるかもしれません。