叫びの表情は「死後痙攣」が原因?
バーチャル解剖の結果、彼女の身長は約1.54メートルで、加齢とともに変化する骨盤の関節の分析から年齢は48歳ほどであると推定されました。
また軽度の関節炎を脊椎に患っており、背骨の一部には骨がトゲのように変形して痛みを起こす「骨棘(こっきょく)」ができていることもCTスキャンで判明しています。
口内には数本ほど見当たらない歯があり、亡くなる前に抜けたと見られています。
このようにいくつかの病変は見られたものの、彼女を死に至らしめた直接的な死因までは特定できませんでした。
それから興味深い点として、彼女の遺体には外科的な切開の痕跡がなく、体内には脳や心臓、肺、肝臓、腎臓に至るまで、あらゆる臓器が無傷のまま残されていました。
これも非常に珍しい特徴でしょう。
古代エジプトにおける防腐処理では基本的に、故人の体内から腐りやすい臓器はすべて取り除いた上でミイラ化が行われたからです。
その一方で、女性の防腐処理がずさんだったわけではなく、かなり丁重かつ入念にミイラ化が行われたことが示されています。
例えば、女性の遺体にはヒノキ科の植物である「ネズの樹脂」やカンラン科の樹木から分泌される「乳香」を使った防腐処理がなされていました。
これらは当時どれも希少で高価な贅沢品であり、アフリカやアラビアなどの遠方から輸入されたものを使っていると説明されています。
また女性の頭部には、中央で分けられた三つ編みのカツラが取り付けられていました。
ここにもネズや乳香、さまざまな希少鉱物の痕跡が見つかっており、カツラの繊維を若々しく保つための処理だと考えられています。
このような丁寧な処理を見ると、防腐処理者が適当にミイラ化を行ったとはとても考えられません。
となると、なおさら女性の口が悲鳴を上げるように開きっぱなしになっていることが謎めいてきます。
そこでチームは最も可能性の高い一つの説を唱えました。
それが「死後痙攣(cadaveric spasm)」です。
これは死後硬直の一種で、特定の筋肉が死後すぐに激しく収縮し、その状態が固定されてしまう現象を指します。
一般にもよく知られている死後硬直は通常、死後2〜6時間内と少し時間を空けて起こるものです。
しかし死後痙攣は亡くなった直後に発生するため、死の間際にほど近い状態を反映しています。
つまり、この女性は断末魔のような叫びを上げながら亡くなった可能性があるようなのです。
研究主任のサハル・サリーム(Sahar Saleem)氏も「本研究におけるミイラの悲鳴を上げている表情は、死後の痙攣と解釈することができ、女性が苦痛または痛みのために悲鳴を上げて死亡したことを示唆している」と述べています。
その一方で、死亡時の口の開きをそのまま正確に留めているとも限らないといいます。
というのも遺体の分解プロセスや乾燥の速度などで、口の開きが多少なりとも変わっている可能性があるからです。
ただ死後痙攣に伴う筋肉収縮はきわめて硬いため、防腐処理者も元の状態に戻せなかったのだろうと推測されています。
この女性がどんな病因で亡くなったかは定かでありませんが、死の直前まで苦痛に苛まれていたのかもしれません。
しかし古代エジプトにおけるミイラ化は「故人の魂が死後の世界を安全に旅できるように」との意味が込められていました。
女性ミイラは生前には苦しんだかもしれませんが、その魂が安らかに旅立ったことを祈るばかりです。
こちらは今回とは別の「叫ぶ女性のミイラ」について紹介した記事になります。
「適当」の使い方違くないか?