そもそも温度は聞けるのか?
夏になると風鈴の涼し気な音が暑さを癒してくれます。
水のせせらぎも涼しさを増す音として一般には認知されています。
一方、暖炉やキャンプファイヤーで燃える木のパチパチという音や、石炭をほおばった旧式のストーブから聞こえるボォボォという炎の音からは、暖かさを感じることでしょう。
このように私たちの熱さや涼しさの印象は、音と無縁ではありません。
また「赤は暖かい色、青は冷たい色」のように異なる色覚が特定の温度帯と結び付く現象も知られています。
さらに視点を動物界全体に移すと、ヘビのように「温度を視る」ことができる種も存在します。
(※ヘビはピット器官を使って赤外線を探知することが可能であり、背景と温度が違う獲物を暗闇の中で捕らえることができます)
しかし旧来の脳科学では、視覚は視覚野、聴覚は聴覚皮質、触覚は感覚皮質で知覚され、対応する脳回路が最初から最後まで大きく異なると考えられています。
この解釈はある意味妥当であり、経路が分けられていることで、目でみた情報を耳で聞いた情報と勘違いするのを避けることができます。
そのため「人間は温度を聞くことができるか?」という質問に対して、かつての研究者はNOと回答しました。
実際、熱い水を注ぐ音と冷たい水を注ぐ音を音響学的に分析しても、決定的な差がないことが示されています。
しかし現実の世界において人間は「風鈴の音から涼しさ」「青色の視覚から涼しさ」を感じているのも事実です。
音や色を温度と結び付いているのは単なる学習の結果であり、物理的な音響属性とは無関係であるとの見方もできるのも確かです。
実際、風鈴ガラスや青色のキャンバスが「冷たい」わけではありません。
そのため研究者たちの間でも、人間が「温度を聞けるかどうか」といった問題に真面目に取り組む人々は少数派でした。
しかしどんなに可能性が低く思える仮説でも、実験を行わなければ結論は出ません。
天動説から地動説、古典物理から量子力学が誕生する過程のように、あり得ないと思っていたことにこそ真実が隠されている可能性があるからです。
そこで今回ライヒマン大学の研究者たちは改めて人間が冷たい水と熱い水の音を聞きわけられるかを調べることにしました。