Credit:産業技術総合研究所
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探検家志望から南極の地質研究へ——海底堆積物が語る地球の未来【ナゾロジー×産総研 未解決のナゾに挑む研究者たち】 (4/6)

2025.10.01 12:00:01 Wednesday

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南極の海底堆積物から地球の歴史を解き明かす

――南極の面白いエピソードを色々聞いて来ましたが、ここからは板木さんが南極で行っていた研究のお話を聞いていきたいと思います。

南極の海底堆積物を調査していたというお話も出ましたが、板木さんが南極で行っていた調査というのは、具体的には何を調べる調査だったんでしょうか?

板木:地層を見ると、それぞれの時代に地球の環境がどうなっていたかを知ることができます。南極の海底堆積物を調べると、南極の氷床が時代ごとにどのように変化したかが理解できると期待されているんです。

氷床の変化は地球全体の海面変化に影響するので、これからどんどん氷床が融けていくとなれば日本の沿岸が削られるなど世界的な影響が出てくるでしょう。

こういう誰もが聞いたことのあるような予想はシミュレーションで行うんですが、過去に気温が上昇していた時代の氷床の状況などが詳しく分かれば、今後温暖化が進む私たちの時代で何が起きるかも上手く予想できるようになるかもしれません。

私たちはこういうことを“システムを理解する”と言うんですが、こうした将来予想のための材料を提供していくのが大きな目的です。

――確かに現在起きている問題として、温暖化の影響で南極大陸を覆う氷の塊(氷床)が減っているという話はよく耳にしますね。

板木:1つ注意しないといけないのは、現在の南極の氷床の変化が温暖化で起きているのか、もっと他にも要因があるのかははっきりしていないという点です。

氷床の増減は衛星で継続的に南極の標高を計測して判断しているんですが、標高データだけでいえば、西南極ではどんどん氷床が融けて減少しているのに、逆に昭和基地がある東南極では増加しているように見えるんです。

氷は海水が蒸発して発生した水蒸気が内陸に運ばれて、雪として降ることで形成されます。数年に一度ドカ雪が降ることもあって、それが観測データに影響してるんじゃないかと考える研究者もいます。

いずれにせよ、氷床の変化というのは南極で一様ではなく、温暖化の影響で南極の氷がどんどん融けているかは観測からはまだ断定できていない状況です。

南極の氷床厚変動を表した図/出典:地質標本館 特別展「南極の過去と現在、そして未来-研究最前線からのレポート-」ブックレットp8より引用

――南極の氷床って減っているばかりと思っていましたが、場所によっては増えている可能性もあるんですね。

氷が形成される仕組みから考えると、今後、地球の気温が上がれば海水の蒸発が増えて、その分雪が大量に降って、どんどん氷床が増えていくこともあるのでしょうか?

板木:実は数百万年前に地球が現代よりもずっと暖かかった時代があって、その時は氷床がかなり厚かったというモデルも発表されています。このモデルのような好条件が重なれば、あり得ない話ではないでしょう。

そういう問題をはっきりさせるために、氷床がどういった海水温や気温ならどういう状態になるかというデータを過去の記録から示して、それと一致するようにシミュレーションを作っていくことが大切なんです。

――こうした地層はどのくらいの量を調査して、どのくらい昔のことまでわかるものなんですか?

板木:海底堆積物は、我々が海底コアと呼ぶ柱のような形で採取してくるんですが、堆積速度の遅い場所だと、水深800 mの海底で採取した2 m程度の海底コアから、約1万年分のデータが取れたことがあります。

南極調査で採取された海底の堆積物コア//Credit:産業技術総合研究所

――2 mで1万年分も地球の変遷がわかるんですね。具体的にはどうやって地層から過去の状況を理解するんでしょう?

板木:そうですね、例えば、石ころの地層から泥の地層に変化している海底コアがあったとします。

まず、石ころの地層について考えてみましょうか。この石ころというのは、南極では氷河が大陸を削って運ばれてきたものなんです。つまり、石ころを多く含む地層が形成された時代は、南極の氷河がこの海底コアの採取地点付近まで張り出していたと考えられます。

次に、泥の地層について考えてみます。この地層を顕微鏡下で観察すると、珪藻や放散虫など微生物の化石(微化石)を大量に含むことがわかります。微化石が沢山みられるということは、この時代はプランクトンなどが繁茂するような豊かな海だったことが読み取れます。

つまりこのコアを採取した地点は、石ころの地層の時代には、南極沿岸にせり出した棚氷が広がっていて、その下の海中には太陽光が届かなかった。だけどその後、気温上昇など何らかの原因で氷床が後退し、太陽光が海中に差し込むようになって微生物の繁殖が活発化して、泥の地層の時代に移行しただろうと推測できるんです。

地表の状況推測に関してこれはほんの一例で、もうちょっと難しいことを言うと、堆積物試料表面にX線を照射して元素濃度変化を測定したり、アイスコアと呼ばれる陸地の氷を地層のように取り出した試料と比較したりと、実際はさまざまなアプローチで解析しています。

泥に含まれる非常に小さな微生物の化石(微化石)/Credit:産業技術総合研究所

特に南極は地球のシステムを理解する上で重要な場所です。

とはいえ、一つの地域でわかることは限られているんですよ。だから、南極以外の地域から色々な痕跡を調べることで、ようやく地球全体で何が起きていたのかわかってくる。私の研究はそのための断片を集めている段階なんです。

――まるで探偵ですね。

板木:まさに! 地質学者って探偵なんですよ。

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