夢を叶えるのに遅すぎることはない
――近年、南極氷床の融解と世界の海面上昇が想定上の速さで進んでいるといわれていますが、この問題に関して現時点でどのようなことがわかっているのですか?
板木:実は、今凄い勢いで南極の氷を融かしている犯人は海水なんですよ。
一見南極大陸って海水面の上に出ているように見えますけど、見えているのは氷床で地盤は海底にあるんです。この氷床が海水面に迫り出したのが棚氷で、海に浮かんでいる状態になっています。
この棚氷と地盤の間に太平洋から暖かい海水が流れ込んでくると、棚氷をどんどん融かし、棚氷がバリッと折れて外海へ流れ出してしまう。すると、また新たな氷床が迫り出してきてまた棚氷ができ、それも暖かい海水の流入で融けて…というのがどんどん繰り返されていくんです。
1万年前にも氷床が一気に融けていたことがわかっているんですけど、どうもその時も暖かい海水が入り始めたことが原因だっていうのが段々わかってきたんです。
現在は、かつては仮説だったものが、ようやく暖水の影響で氷床の融解が進んでいたと明らかになってきた段階です。
これかどんどん加速する可能性があるのか、もしかしたらそうじゃない可能性があるのか、それを明らかにするのが次のステップというところです。
――研究が進んできたとはいえ、地球環境についてまだまだわからないことが多いんですね。
板木:そうですね。ただ、やっぱり正確な将来予測をするためのデータを提供するという我々の最終目標は変わりません。
世界で初めて温暖化の数値計算を行なってノーベル物理学賞を受賞された真鍋淑郎さんの研究のように、環境変動の予測はコンピュータを使った数値によるシミュレーションが王道なんですけど、そこに入れる境界条件となるようなデータを提供したいです。
過去に起きた事実をもとに、こういう条件ならどういうことが起きる、という指標にしてもらえるような研究成果を出していきたいと思っています。
――本日は大変貴重なお話をありがとうございました。最後に、南極での経験を通して感じたことをお願いします。
板木:49歳の時、ようやく南極に行くという夢が叶い、正直自分にびっくりしました。
49歳になってもこんだけ夢をもてるんだって。よく「大人になったら夢なんてなくなっちゃう」みたいな話がありますけど、あれは嘘で、別に年齢なんか関係ないんだと。
だって、大学生の時に叶わないだろうと思った夢が50歳近くになって実現できたわけですから。夢はずっと持ち続けるもんだなと改めてそう思います。

研究者というと難しいことをしている、一般とは縁遠い人という印象を持つ人は多いかもしれません。
しかし、今回お話を伺った板木さんは、高校生の頃探検家に憧れて、南極へ行く夢を抱き、そこから地球の自然環境対する研究の道に進んだ研究者でした。
その研究活動も、聞いているとまさに探検家。世界の海を航海し、世界の果ての南極でキャンプをして、太古の地球の姿を探り、明らかにしようとしています。
今回お話を伺った2日後にも、また調査船に乗って1カ月以上の航海に出るそうで、港に寄ったときしか連絡つかないかもと笑っていました。
自分の興味を抱いた世界を深く探る研究者の世界というのは、そんな様子を見ていても非常に魅力的に感じられます。
近年では、南極の氷床の融解が大きく報じられるなど、環境問題に対する関心が高まっています。
一方で、環境問題はあまりにもスケールの大きな話で、どこから興味を持って、どう関わっていけば良いのかわからない、という側面もあります。
しかし、今回の南極の海底堆積物に関するお話のように、地球環境の変遷から辿ってみると意外な発見も多く、地球環境についてもっと知りたくなるかもしれません。
また、このように様々な環境変動が解明されてきた背景には、長い年月をかけて研究を行い、地球環境という壮大なテーマに挑んできた研究者たちの功績があることを忘れてはいけません。
ますます将来の地球環境予測の精度が向上すれば、それに基づき、環境問題へのより効果的な対策も可能となるかもしれません。
生命を支える地球環境に対する理解をもっと深めていけたらいいですね。
南極調査の特別展
地質標本館 特別展「南極の過去と現在、そして未来—研究最前線からのレポート—」
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