Credit:産業技術総合研究所
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探検家志望から南極の地質研究へ——海底堆積物が語る地球の未来【ナゾロジー×産総研 未解決のナゾに挑む研究者たち】 (5/6)

2025.10.01 12:00:01 Wednesday

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南極の海底掘削はどのように行うのか?

――今回の研究のお話は海底掘削という作業が特に重要でしたが、海底の掘削ってどうやってやるんですか? 地質調査などは重機を使ったボーリングのイメージがありますが、深海にそういう重機は持ち込めないですよね。

板木:海底堆積物の採集は、大口径グラビティーコアラーと木下式グラブ採泥器という機材を使用して船上から行うんです。

大口径グラビティーコアラーというのは重量約600 kgもある重たい機材で、ざっくりいうと、錘の付いた巨大な鉄パイプみたいなものです。これを船の甲板から下ろして、ズブって海底に突き刺すと、堆積した泥を柱状に採取できるんです。

それから、木下式グラブ採泥器っていうのは、主に海底の表層付近の堆積物を採取するための機材です。これはショベルカーのショベル部分を2つ使ってハサミのようにしたもので、海底の泥を掴むようにして採集します。

――最初に南極で調査をするために、いろいろと準備期間を使ったってお話がありましたが、南極ならではの工夫などもあったんですか?

板木:大口径グラビティーコアラーは通常、天秤みたいになっていて錘が着底すると天秤部のトリガーが外れて採泥部が自由落下し、海底に貫入する仕組みになっているんです。

でも、南極の場合、海面の流氷に当たって誤作動する恐れがあります。600 kgもある機材が、氷に当たって誤作動してしまうと空中で外れてかなり危ないので、今回は天秤の部分を外して機能させるように工夫しました。

他にも機材が凍結しないよう、ヒーターを使ったり、調査前にお湯で凍結部を溶かしたり、凍結対策が大変でしたね。

ただ南極ならではの利点もあって、海氷がしっかりと張っていれば、海氷に船を固定して作業ができ、波浪の影響も受けないので、船の定点維持が比較的容易ということもありました。

前人未到の海域で海底から採取したコアを引き上げる様子/Credit:産業技術総合研究所

――状況を聞くと、やはり厳しい環境での調査はいろいろと大変なんですね。

陸上でもキャンプをしながら調査をされていたとおっしゃられていましたが、陸の調査というのはどういうものだったんですか? 3週間もキャンプしながら調査したということでしたけど。

板木:湖の中にある海底コアをボートに乗って採取していました。

――え? 湖から海底コアが採れるとはどういうことですか?

板木:実は南極には、昔は海だった湖が存在するんです。

氷床というのは非常に重たいので、氷床が拡大するとその重さで地殻が沈んでしまうんですが、氷床が縮小すると今度はその重さから解放されて地殻が隆起してくるんです。

氷床の下にある南極大陸は、大半が現在の海面の高さよりも低くなっているので、地殻の隆起により元々海だった所が湖になったりします。

だから、場所によっては、約2万年前には氷床の下にあった地面が、約1.5万年前に氷床の融解で湖になって、また約7千年前に海面上昇で再び海に沈み、現在は氷床の縮小による地面の隆起で湖に戻っている、なんてことが起きます。

海水準が変動することで沿岸の堆積物が変化することを示した図/出典:標本館 特別展「南極の過去と現在、そして未来-研究最前線からのレポート-」ブックレットp18より引用

なのでここに溜まった泥からは、海と湖両方の痕跡があって、変化したタイミングを調べていくと、いつから海でいつ湖になったかなどがわかります。

こうしたデータを利用することで、精度の高い環境変動予測モデルを作れるんです。だから、非常に注目度が高く、今、南極のあちこちで研究しているところです。

――この調査をしている様子の写真って、不安定なボートに機材を立てていて見るからに怖そうですね。

板木:結構怖いです(笑)作業に夢中になっていると、いつの間にか風向きが変わって外からバーっと氷が入ってきて、氷に囲まれて帰り道がなくなることも。

でも、調査に使うボートはゾディアックボートという特殊なボートで、一部が破損しても他の部分に影響しない設計になっています。しかも、舳先を氷に乗っけて自分の体重をかけることで、砕氷船みたいなことをやって道を作りながら進めます。

なので、帰り道がなくなっちゃったら、山の上から監視している調査員からどのあたりの氷が薄そうか指示をもらって、自分で氷を割りながら帰ってきます。

ボートの上での採泥作業/Credit:産業技術総合研究所

――ええ? 人力砕氷船ですか。恐ろしい調査ですね。

板木:本当に危なかったのだけど、さっき話したように元々探検が好きだから、むしろワクワクしました。

――そう聞くと本当にこのお仕事が向いてらっしゃいますね(笑)

こういう調査の資料写真って良い天気で撮っている物が多いですが、実際は結構天候って荒れているんでしょうか? 南極というと荒れた天候のイメージがありますが。

板木:私が行ったのは夏でしたが、それでもブリザードが来ることはありました。

さすがにブリザードが来たら調査を中止してテントの中で待機するしかないです。テントが潰されかけたり、固定していたロープが切れたりといったトラブルもありましたね。

ただ、キャンプ地は内陸寄りなので、昭和基地がある沿岸よりは気候が穏やかで、命の危険を感じるほどではなかったです。

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