ヘイダル・ゾーンでは「ハンター」が珍しい
そもそもヘイダル・ゾーンのような深海において、捕食生物はとても珍しい存在です。
水深8000メートル級にもなると、光はまったく差さず、水圧は海面の約800倍もある上に、水温はほぼ凍結点近くにあります。
こうした状態では一般的な食物連鎖が成り立たず、ヘイダル・ゾーンに暮らすのは上から降り落ちてくるデトリタス(有機物の粒子)を栄養源として利用する小さな生物がほとんどです。
そのため、何らかの獲物を捕まえて食べる捕食者はかなり珍しいと言えます。
そんな中、新たに見つかったドゥルシベラ・カマンチャカ(以下、D. カマンチャカ)は、ヘイダル・ゾーンでは極めてレアな捕食者(ハンター)であると推測されました。
実際に彼らが獲物を食べている姿は観察できていませんが、研究者らが「捕食者である」と断定したのにはちゃんと根拠があります。
まず彼らが属するテンロウヨコエビ科は捕食性や肉食性の傾向を持つことが知られているので、D. カマンチャカも捕食性である可能性が高いです。
それからサンプル標本をよく調べた結果、D. カマンチャカは獲物を捕まえて保持するのに適応した鋭い爪状の脚やアゴを発達させていました。
さらに餌資源に乏しく、高圧環境でもあるヘイダル・ゾーンでは、生物が小型化する傾向にあり、体長が数ミリ〜数センチ程度のものが多いです。
その中でD. カマンチャカの体長5センチは、一見すると小さく聞こえますが、彼らが属するヨコエビ類ではかなり大きめであり、ヘイダル・ゾーンに住むとなると尚更です。
そこでD. カマンチャカの体型を維持するには、効率的に高カロリーの餌資源を得る必要がありますが、それは上から降ってくるデトリタスでは足りません。
これらを踏まえると、D. カマンチャカは彼らより小さなヨコエビ類や、底生の多毛類(ゴカイ)などをハントして食べていると考えられるのです。
しかし水深8000メートル級の真っ暗闇の中で、獲物を見つけられるのがすごいですね。
彼らはおそらく、獲物から発せられる微量の化学物質を検知したり、わずかな振動を感知して獲物を捕まえていると見られます。
研究者らは今回の結果を受けて、「D. カマンチャカのような新種が見つかったことは、アタカマ海溝に固有の生物多様性が構築されている可能性がある」と話しています。
チームはアタカマ海溝での調査を続ける予定であり、今後もさらなる新種生物の発見が期待できます。