日本人は困っている人への思いやりが薄かった?
今回の調査では、日本人の共感的関心の程度を明らかにすべく、アメリカ人を比較対象としました。
1つ目の実験では527名のアメリカ人と522名の日本人を対象に、共感的関心の程度や困っているときに周囲に助けを求める程度、それから他者が手助けしてくれることをどれだけ期待しているかについてアンケート調査に回答してもらいました。
その結果、アメリカ人は「自分が困っていたら誰かが助けてくれるだろう」と、社会的支援への期待値も高いことがわかりました。
一方、「自分が困っていても助けてくれる人は少ないだろう」と考える傾向が強かったのです。
ではなぜ日本人はそのように考えるのでしょうか?
2つ目の実験では398名のアメリカ人と381名の日本人を対象に、「自分が困難や苦痛に直面しているのは、社会規範や秩序をはみ出したり、違反した報いである」と考えるかどうかに回答してもらっています。
すると、日本人はアメリカ人に比べて「自分が困難や苦痛に直面しているのは、自分が社会的規範や秩序を違反したからだ」と考える傾向が強かったのです。
この考え方は他者に対しても同様であり、日本人の多くは「困難に直面するのは自業自得だ」と考えていました。
そして、このように考える傾向が強かった人ほど、共感的関心(困っている人への思いやり)が薄いことも示されました。
それゆえ日本人は困っている人への思いやりや同情心が薄くなり、「誰かが自分を助けてくれる」という期待値も低くなることで、社会的支援を求めづらい環境に繋がっているというのです。
実際に日本はイギリスやフランス、スウェーデンなどの先進諸国に比べて、生活保護の申請率が低く、現に生活保護を利用できている人の割合も低いというエビデンスがあります(PDF)。
イギリスやフランス、スウェーデンでは、生活保護を利用する資格のある人のうち、実際に利用できている人の割合は90%に達していますが、日本では20%ほどしかありません。
この背景には、今回の研究で示されたように、「自分が困っているのは自分のせいであって、生活保護を受けるのは恥ずかしいし申し訳ない」といった思い込みや「誰かが苦しんでいるのはその人の責任であって、こちらが助けるいわれはない」といった意識につながっている可能性があります。
確かにネット上でも、困っている人に対して「自業自得だろ」と冷淡な反応を見かけることは多く、「確かに」と同意してしまう人も多いかもしれません。
しかし誰かが苦しんでいるのはすべてがその人の責任ではありませんし、社会はそうした困難に直面している人を助けるために存在しているはずです。
今こそ、自己責任の重荷によって日本人の優しさが押しつぶされないような社会づくりを目指すべきではないでしょうか。
その結果、アメリカ人は「自分が困っていたら誰かが助けてくれるだろう」と、社会的支援への期待値も高いことがわかりました。
一方、「自分が困っていても助けてくれる人は少ないだろう」と考える傾向が強かったのです。
この文脈だと「一方、日本人は」みたいに書いた方が良いですよ
校正とかやる人いないんですかね?
クリックベイト的な意図だろうけど、【弱者救済やめろ】ってタイトルに入れてるの分かりづらくて混乱させる
社会心理学者の山岸俊男も似たような分析をしています
自分の体験だと、誰も助けようとしないから意を決して助けたら
今まで見て見ぬふりだった人たちが一斉に群がってきて俺も助けるみたいな状況がよくあった。
もう助け終わってるのに何がしたいって思った。
最初助けるときはリスキーな状況が多いのでアメリカ人との違いはそこなんじゃないかなと思う。
日本人はリスクに対してシビアなんだと思う。
だから弱者に矛先が向かいやすいんではないだろうか。
ゴシップまとめサイト品質の記事
ライターくんは日本語が苦手らしい
何が『今こそ』なのか知りませんけど
社会は互助会じゃありませんよ
「日本社会」が互助会じゃないだけで、欧米の社会は互助会なんだよという話をしてるんだよ。
“いじめ”って犯罪加害者なり被害者バッシングのコメントに溢れてて、支援求めても余計傷つくなら黙らざるをえないって学校からはじまって社会全体で教育してる鬱くしい国の賜物ですね。日本人の作り方って映画に凝縮されてる。
自分と同じような苦痛を自分の親しい人にはほしくないけどザ他人ならむしろ味わえ、足引っ張ったろ、シャーデンフロイデ強いなって帰国して実感したもの
知ってた。弱者に対して冷たいもんね。日本人。
というより相手が弱者なら平気で叩いて攻撃する習性があるからね。強者には平伏するけど。
本当に困ってる人は助けるべきだと思うけど、自己責任かどうかは程度によるんじゃないだろうか?
責任は誰かが負わなきゃならない面もあって、
子供が怪我した→遊具のせい
グライダーとかバンジージャンプで事故→施設のせい
山で死者出る→レスキュー隊員のせい
みたいなことを繰り返すと本末転倒で窮屈な社会になりかねないし、声の大きい揉めた者勝ちな社会にもなりかねない
他に、寸借詐欺とか募金詐欺、架空請求、罪悪感に漬け込んだ土下座強要みたいな案件も多いからなぁ
助けを求める小さな声は、そうしたプロの生み出すノイズに埋もれてしまって検出しづらい感じがする
このコメント欄が、日本人が困っている人に対してどれほど冷たいか、を明確に表しており、元の論文の正確性が補強されている。
本当に日本人は世界一冷たい。
教育の問題が最も大きい
多くは指摘しないけど難しい問題でもない
昔1人旅でアメリカ観光して国内線に搭乗した時に乗客が極端に少ないにも関わらず俺の席の後ろに2歳くらいの幼児と若い白人の母親が座り幼児が同じ歌をずっと歌ってうるさかったけど有事の際は俺をヒーローにさせる粋な計らいと思い幼児の歌に辛抱した
乗務員は何かと気を使ってくれていた点でも状況は理解でき後ろの母親に声をかけ俺の席をリクライニングさせてもらい仮眠しながら無事目的地に着いた
さらに昔の話だが通学してた駅の階段で見知らぬ高齢の男性や女性から重いバッグの片方を持たされた経験が何度もある
俺を善人にする粋な計らいと思いながらバッグの一方を持って差し上げた
同様の光景は以前からも見かけていたが俺の番が回ってきた時は嬉しくもあったが本心としては少し迷惑だったw
家庭教育や社会教育やコミュニティ教育や学校教育であれ人格形成は教育に他ならず国民的性格も概ね教育が形作るものだろう
教育が生得的性格あるいは生理的性格を凌駕する可能性も大きいかも知れない
修正前標題:【弱者救済やめろ】日本人は「困っている人への同情心が薄い」と判明
こういう話題がでると何故か鼻息荒くして日本人は冷血漢と喚く人たちがいるのに違和感ある
何かしら具体例とか出さないんかなと
本文を読みなよww
積極性が優位に働くか、消極性が優位に働くかの違いじゃないの
人が原因なら積極性は解決の一助になるけど、災害相手なら消極性は共倒れだし
結局人間なんて人相手にか勝てないもんだからね
それだけ人が原因の問題が多いから英雄願望が意味を成す社会には憧れないなあ
サンプリング数が少な過ぎて結論に至るのは早過ぎると思う。結果ありきという感じ。
> 日本人は 「困っている人への同情心が薄い」 と判明
それっていけない事ですか?
日本人は欧米人と違う。だから修正せねばならない。そういうことですか?
なぜ日本のメディアは日本人のユニークな面を見つけると頭ごなしに悪い事と決めつけ
それを消そうとするのでしょう? 「短絡的な世界の人々は、日本人から学ぶべきだ」
いつかそう報じてくれる人間が日本の反日クソメディアから誕生することを祈っています
日本人だから。世界の人々とは反応が違うから。それっぽっちの理由で何も知らぬ雑輩に
変われと無礼な口を叩かれる筋合いはありません。どう生きるかは自分で決めます