脳は複数のことに同時に集中できない
研究主任のシモンズとチャブリスによると「ゴリラが見えなくなったのは非注意性盲目(inattentional blindness)が働いたからだ」と説明します。
非注意性盲目とは、視野に入っているにも関わらず、注意が向けられていないために見落としてしまう現象のことです。
そもそも私たちは周りの世界を「目」で見ているというよりも「脳」で見ています。
脳は目から雪崩れのように入ってくる視覚情報をすべて処理することはできません。
そこで今自分に必要なもの、見るべき対象を「注意」によって選び出し、その視覚情報だけを脳に送って、それ以外は背景として意識から排除するようになっています。
「見えないゴリラ」実験で発生したのはまさにこれでした。
被験者は、白服チームが何回パス回しをするか数えるタスクを与えられていました。
それを成功させる最も効果的な方法は「白服チーム」だけに注意を絞り、それ以外の「黒服チーム」は意識から完全に排除してしまうことです。
そしてゴリラの着ぐるみは黒色ですから、黒服チームと一緒に意識の外に追いやられてしまい、これほど目立つゴリラが見えなくなったのです。
そのため、注意の方向を少し変えるだけでゴリラにはすぐに気づいてしまいます。
実際に被験者に対して「黒服チームが何回パスをしているか数えてください」と指示すると、約83%の人はあっさりとゴリラに気付きました。
それから何の指示も与えずに「ただ映像を見てください」と指示した場合も、多くの人がゴリラの存在に気付いています。
ゴリラが見えなくなったのは、自らの注意を白服チームにのみ向けて、他の一切を意識から排除した人なのです。
非注意性盲目はこの実験だけでなく、私たちの日常の中でもごく普通に起こっています。
例えば買い物中など、お目当てのブランドを求めて服を物色している場合はそれ以外のブランドが目に入らなくなったり、書店でも好きな作家さんの本を探しているときには、他の作家さんの本に気づかなくなることがありませんか?
それで後日、同じ店舗を訪れたときに「あれ、この作家さんの本も置いてあったんだ。前は気づかなかったな」といったことが起こるのです。
他にも、混雑したカフェで空席を探しているときに、偶然いた友人が手を振ってきてもすぐには気づかないことがあるでしょう。
それは「空いている席を見つける」ことに注意が向けられているため、それ以外のことが意識から排除されてしまったためです。
さらにシモンズは「見えないゴリラ」とは別に、私たちがどれだけ非注意性盲目にかかりやすいかを示す面白い実験を行いました。
その実験で被験者は、目の前の人がまったくの別人に入れ替わったことにさえ気づかなかったのです。