腐敗臭に対する”死に関連した回避”の本能

まず、人間の「臭い」への反応は、鼻の奥にある“嗅覚受容体”がキャッチした匂い分子を、脳の中枢に送り込むことで生じます。
このとき脳が最初に反応する場所のひとつが「扁桃体(へんとうたい)」と呼ばれる領域で、ここは恐怖や嫌悪といった強い感情を司る場所でもあります。
つまり、ある匂いを嗅いだ瞬間に「うわっ、無理!」と感じるのは、理屈よりも先に本能が反応しているというわけです。
ではなぜ、特に生ゴミや腐った肉のような臭いに、これほどまで強烈な拒否反応があるのでしょう?
それは私たちの祖先たちが、腐敗した肉のある場所で病原菌や寄生虫に悩まされてきた歴史を持っているからです。
たとえば、狩りをして仕留めた動物の肉をそのまま放置してしまうと、やがて細菌が繁殖し、悪臭を放つようになります。 その肉をうっかり食べてしまえば、あっという間に下痢、嘔吐、発熱──最悪の場合は命を落としてしまうかもしれません。
また腐敗した死骸が散乱しているような場所が安全であるはずもありません。そこには危険な捕食者が潜んでいる可能性があります。
だからこそ、人類は進化の過程で「腐敗臭=危険なサイン」として本能的に避ける仕組みを手に入れたのです。
これはいわば命を守るための警報装置です。鼻が感じた臭いを、脳が「危険だ!逃げろ!」と即座に判定してくれているのです。
しかもこのシステムは、生まれたばかりの赤ちゃんや、動物たちにも共通して見られます。 たとえばチンパンジーやネズミであっても、腐った食べ物の匂いには顔をしかめ、近づこうとしません。
つまり「腐った臭いが嫌い」という感覚は、学習によるものではなく、進化の中で刷り込まれた“生存プログラム”のひとつなのです。