脳をクラウド化する時代への第一歩

今回の研究から見えてきた最も大きな収穫は、コンピュータ上で作り上げた“電子脳”が単なるシミュレーションにとどまらず、現実の神経細胞の構造や多様な映像刺激への応答を幅広く再現できる可能性がはっきり示された点です。
これまで脳の活動を理解するには、その都度動物実験を行い、膨大なデータを個別に解析しなければなりませんでした。
しかし、すでに蓄積されたビッグデータをもとに“共通コア”を一度作ってしまえば、新しいマウスへの適応や全く別の種類の刺激に対する予測を素早く行えるという画期的な道筋が拓けたのです。
これは研究者にとって、試行錯誤のプロセスを仮想空間に持ち込み、最小限の追加実験だけで目的を達成できるという大きなメリットを意味します。
同時に、このアプローチは脳科学の枠を越え、生命科学全般にも影響を及ぼすかもしれません。
いくつものマウス脳のデータが統合されることで、脳内ネットワークの一般的なパターンや、細胞形態と機能がどう結びついているかを深く探れるようになりました。
さらには、今回の手法をより多くの脳領域や行動下の状態へ拡張することで、私たちがまだ知らない脳の高次機能にアクセスできる可能性も高まります。
ヒトの脳や他の動物種に応用すれば、脳疾患の解明や神経ロボティクスへの転用といった新たな応用分野も見えてくるでしょう。
一方で、モデルがいかに万能化したとしても、最後の仕上げには現実の実験で確かめるステップが欠かせません。
仮想空間で得た結果を実際のマウス実験で検証し、その差分を再びモデルにフィードバックする循環こそが、今後ますます重要になっていきそうです。
また、今回取り上げられたのは主に視覚野における例ですが、人間の脳を含め、他の脳領域や多彩な感覚・行動領域にまで広げるには、まだ多くの技術的・倫理的課題も残されています。
たとえば、もし仮にAIの力によって人間の脳の完全な神経ネットワークが生成された場合、それは人間と言えるのかという複雑な問題にも発展しかねません。
現状はマウス脳の視覚機能という局所的な成功に留まっていますが、計算速度の加速度的な進歩を考えれば、人間の全脳の神経回路をAIが簡単に作成できる紐来るかもしれません。
それでも、複数のマウスから集めたビッグデータを活用し、高精度な“基盤モデル”を構築しておけば、実際の実験を最小限に抑えつつ脳研究を大きく前進させられるという発想は、神経科学のあり方を大きく変える可能性があります。
いわば「動物実験もクラウド化される」ような感覚で、研究者同士が共通のモデルやデータベースを活用しながら、より壮大で複雑な仮説にも対応していく未来が見え隠れしているのです。
脳という“究極の謎”に迫るうえで、コンピュータの中にもうひとつの脳を作り上げる手法は、今後さらに大きな飛躍をもたらしてくれるかもしれません。
このファウンデーションモデルは心理学にある集団潜在意識の事を指してるように感じます。複数の経験から種としての経験が蓄積されてどんどん効率化されていくイメージですね。