木とトウモロコシから生まれた「土に還る」洗剤

研究チームはまず、木材パルプ由来のTEMPO酸化セルロースナノ繊維(繊維径数ナノメートル程度)と、トウモロコシ由来の疎水性貯蔵タンパク質であるゼインを組み合わせました。
ゼインはアルコールに溶ける性質を持つため、エタノール溶液中でセルロースナノ繊維と混ぜてから水中に徐々に希釈することで、セルロースナノ繊維表面にゼイン粒子を吸着・複合化させたゼイン/セルロースナノ繊維複合ナノ粒子を調製しました。
この複合粒子水分散液は界面活性剤を含まずとも安定な油水エマルションを形成でき、いわばセルロースナノ繊維が油汚れに“吸着しやすく”、ゼインが油滴を捕まえて閉じ込める役割を果たします。
その結果、油汚れを水中に取り込みやすい洗剤となるのです。
研究チームはこのゼイン/セルロースナノ繊維洗剤の洗浄メカニズムについて、「洗浄中、複合粒子が徐々に油と水の界面に集まり、油汚れが素材表面から引き剥がされる。いったん油滴が粒子で安定化されると、再び素材に付着するにはより大きなエネルギーが必要になるため、汚れが再付着しにくくなる」と説明しています。
従来の界面活性剤とどうメカニズムが違うのか?
従来の界面活性剤は、油が苦手な水に“潤滑剤”を差し込むイメージで、両端が油好きと水好きの分子が油膜に潜り込み表面張力を下げて汚れを溶かします。対して木由来セルロースとトウモロコシたんぱく質を合わせた新洗剤は、米粒より小さなナノ粒子が油滴の表面にビッシリ貼りつき、硬いコートを作って水中に浮かべてしまいます。つまり前者は化学的に「油を溶かす」のに対し、後者は物理的に「油を包んで引き剥がす」ため、界面活性剤を使わずに済み環境への残留も最小限で済むわけです。
開発した洗剤の性能を評価するため、綿布および食器に付着した頑固な汚れを使った比較実験が行われました。
綿布試験ではインク、チリソース、トマトペーストで染色した布を用意し、ゼイン/セルロースナノ繊維洗剤(水中濃度1%および5%、温水超音波洗浄40分間)で洗った場合と、市販の洗濯用洗剤(濃度1%)で洗った場合を比較しました。
その結果、濃度1%では新洗剤の布のシミ除去効果は市販洗剤にわずかに劣る程度でしたが、濃度5%まで増やすとインク・油汚れとも市販洗剤(1%)を上回る洗浄効率が得られました。
例えば布に付いたこれらのシミを定量評価したところ、新洗剤5%ではすべて約95%以上除去できたのに対し、市販洗剤1%では90%前後の除去率にとどまりました(インク汚れで顕著)。
洗浄後の布地を電子顕微鏡で観察すると、新洗剤5%で洗った場合でも布の繊維表面に洗剤粒子の残留は確認されず、繊維構造へのダメージも見られませんでした。
これはすすぎ時に複合粒子が布から完全に洗い流されていることを意味し、新洗剤が布地を傷めにくいことを示唆します。
台所用洗剤としての効果も調べるため、同様に陶器、ステンレス鋼、ガラス、プラスチック製の皿に付着させた頑固なチリ油汚れでテストが行われました。
こちらも新洗剤1%と市販食器用洗剤1%では汚れ落ちの程度はほぼ同等でしたが、新洗剤5%では明らかに洗浄効果が向上しました。
特にステンレス製の皿では、新洗剤5%液で油汚れの92%が除去され、市販洗剤1%液の87%を上回りました。
複合粒子による油汚れの物理的な除去効果が、通常の合成界面活性剤を用いた洗剤と同等以上に発揮されたことになります。
さらに布地の場合と同様、複合粒子は洗浄後に皿表面へ残らず洗い流され、洗浄後の皿に目立つ跡は残りませんでした。
実験では布の「白さ」の保持効果、つまり汚れの再付着防止効果についても評価されています。
市販洗剤で洗濯した場合、わずかに布がくすんで白さが損なわれる現象が見られましたが、新洗剤5%で洗った場合は白度の低下が市販品より小さく抑えられました。
これはゼイン/セルロースナノ繊維粒子が汚れをしっかり捕捉し再付着させないためで、汚れ移りによる布のグレー化(黄ばみ)が起きにくいことを示しています。
以上の結果から、十分な濃度で用いることで本開発の天然系洗剤が布地や食器に対して総合的に市販合成洗剤と同等かそれ以上の洗浄性能を示すことが確認されました。