経験が重要な職業にも、思わぬ落とし穴がある
ここまでの話で「心理療法士や教師のように、人と接する職業だから経験の効果が見えにくいのでは?」と感じた人もいるかもしれません。
たしかに、人間相手の仕事は、成果の測定が難しい側面があります。
では、手術を行う医師や、コードを書くソフトウェア開発者、演奏する音楽家といった「経験が技術の上達に直結しそうな職業」ではどうでしょうか。一見、こうした分野では「続ければ続けるほど上達する」という常識が当てはまるように思えます。
ところが、これらの分野においても、単に経験年数を重ねただけでは、むしろ問題が起きるという研究報告があります。
外科医の世界では、実際に手術を行う経験によって技術が磨かれるのは事実です。複数の研究で、手術件数が多い外科医ほど、患者の回復率が高く、手術にかかる時間も短くなるという結果が出ています。
しかし、ここにも大きな落とし穴があります。
2005年に『Annals of Internal Medicine』という医学誌に掲載された研究(Choudhry et al.)では、医師の卒業後の年数が増えるにつれて、最新の治療ガイドラインを守る割合が低くなることが示されました。
「治療ガイドライン」とは、様々な報告に基づいて「この病気にはこう治療すべき」という情報が共有されたものです。
若い医師は当然、最新の研究結果やガイドラインを学んでいるのでこれらを積極的に治療に取り入れます。

しかしベテランの医師ほど十分な知識更新をせず、自分が昔学んだ、慣れ親しんだ方法を優先する傾向がでてしまうのです。
その結果、ベテラン医師は患者にとって最も安全で効果の高い治療を選択せず、医療の質が下がってしまうリスクが生まれるのです。
実際2017年に『BMJ(British Medical Journal)』に掲載された研究では、約73万人の入院患者データを分析した結果、60歳以上の医師が担当した患者は、40歳未満の医師と比べて30日以内の死亡率が有意に高いことが報告されています。
研究者はその理由として、「医師が年齢を重ねるにつれて、最新の医学知識や治療ガイドラインに基づく医療を提供する頻度が低くなる」可能性を指摘しています。
ソフトウェア開発の分野でも似たような問題があります。
この分野の技術は極めて速く進化しており、過去の経験だけに頼っていると、あっという間に時代遅れになってしまう可能性があります。
Googleのソフトウェアエンジニア96人を対象とした2024年の研究では、AI支援機能を使用することで、複雑なタスクの完了時間が平均21%短縮されたと報告されており、最新のツールをどれだけ使いこなせるかが、この分野でどんどん重要になる可能性が示されています。
しかし2024年に米国で実施されたDiceの調査では、18〜34歳のエンジニアの約40%が週1回以上AIツールを使っている一方で、55歳以上のエンジニアの半数はまったく使っていないと回答しています。
開発者の年齢が上がるほど最新ツールの利用を避ける傾向があるという事実は、外科医の事例と同様の問題がこの分野で起きる可能性を示唆するものです。
このように、「長くやっているから優れている」とは限らないという問題は、技術分野においても起こり得る者なのです。
さらに意外なことに、音楽の演奏でもこの問題は報告されています。
ピアノやバイオリンなどの演奏者は、何年も練習していると上達すると思われがちです。
しかし、心理学者アンダース・エリクソンが提唱した「意図的練習(deliberate practice)」という考え方によると、ただ同じことを繰り返していても上達しないことが分かっています。
意図的練習とは、「自分の苦手な部分を意識し、それを改善するような方法で練習する」ことです。

エリクソンの研究では、世界的な演奏家とアマチュア演奏者を比較した結果、両者の練習時間の差よりも、練習の「質」と「目的意識」の差のほうが圧倒的に影響が大きかったことが示されています。
つまり、「10年間ピアノを弾いている」ことが、そのまま「10年間分の上達」を意味するわけではないのです。
この理論は、音楽だけでなく、スポーツや医療、学習、さらにはビジネスのスキル開発にまで広く応用されており、「経験年数が長ければ優れているとは限らない」ことを科学的に裏付けるものとなっています。
「ただ続ける」ことの限界
ここまで見てきたように、医師、開発者、音楽家といった分野であっても、ただ続けているだけでは能力は必ずしも向上しません。
むしろ、経験を積んだからこそ陥る罠――「過去のやり方に固執する」「変化を拒む」「振り返らなくなる」といった問題が、見えにくい形で積み上がっていく傾向が示されています。
「継続は力なり」という言葉には励まされるものがあります。
しかし、その継続が本当に力を生むためには、「ただ続ける」だけでは足りないということが、様々な研究報告から見えてきます。
外部からのフィードバックが得られにくく、成果が見えにくい仕事では、自己流のまま慣れてしまうリスクが高くなります。逆に、経験を重ねることで確実に上達が見込める分野であっても、知識の更新や意識的な改善を怠れば、成長は止まってしまいます。
これは「努力とは何か?」ということを考え直させる問題です。
努力が報われるかどうかは、それに掛けた時間でも、がむしゃらに頑張るという根性論でもなく「努力の質」にかかっているのです。
もしあなたが今、何かを続けているとしたら、「自分は成長できているだろうか?」「改善のための工夫をしているだろうか?」と、ぜひ一度問い直してみてください。
継続が本当の力になるためには、「変わり続けること」が求められているのです。
そんな事を言っていたら誰もいなくなった業界があるなと思いました。
あれみたいにならないといいですね。
今までなんとなく経験的に感じていたことが、腑に落ちた感じです
努力の質が大事
参考になります
個人的にこれを努力の方向音痴とよんでいます
へのへのもへじだけ毎日描いても絵は上手くならないし
料理下手の主婦は毎日自己流で料理するから何十年経っても上達しない
当たり前の話
ただやってるだけの人と工夫しながらやる人じゃ差ができるのは当たり前なんだよなぁ