巨大サングラスをかけ始めた海

研究チームは2003年から2022年まで約20年間にわたり、衛星による海洋観測データを解析して海の明るさの変遷を追いました。
NASAの地球観測衛星「MODIS Aqua」が提供する490nmでの光減衰係数(Kd(490))という指標に注目し、水中で光がどれだけ減衰するか(つまり水の透明度)を全球で比較したのです。
この係数は値が大きいほど水が濁って光が届きにくいことを示すため、Kd(490)の増減から各海域の「明るさ」の変化を評価できます。
研究者らは海全体を約9km四方ごとのグリッド(ピクセル)に区切り、各地点のフォトゾーンの深さ(光が届く水深)を算出して年ごとの変化を解析しました。
今回は従来の“表層光量の1%”のみを基準とするのではなく、Calanus属プランクトンの光感受性を取り入れてフォトゾーンを定義し、夜間に届く月光による光環境の変化も含めて詳細に評価されています。
こうした手法により、世界中のどの海域で水中の光が強まり、どこで弱まっているのかをマッピングしたのです。
その結果、海の光の届き方には驚くべき変化が起きていることが判明しました。
主な数字を挙げると次の通りです。
21%にあたる広大な海域で、フォトゾーンの深さが有意に浅くなり(水が暗くなり)、光の届く生息空間が縮小しました。
9%(面積にして約3,200万平方キロメートル、アフリカ大陸に匹敵する広さ)の海ではフォトゾーンの深さが50メートル以上も減少しました。
そのうち2.6%の海域では、フォトゾーンが100メートル以上も浅くなる大幅な暗化が見られました。
一方で全球の約10%(約3,700万平方キロメートル)にあたる海域では、逆に光の届く層が深くなり(水が明るくなり)、フォトゾーンが拡大していました。
研究チームが作成した地図(本記事では非掲載)によると、赤い部分が暗化(フォトゾーンが浅くなった)した海域、青い部分は明るく(フォトゾーンが深くなった)なった海域、白は有意な変化が見られなかった海域を示しています。
実際、海が暗くなった傾向は特定の地域で顕著でした。
外洋では北大西洋のメキシコ湾流の北部や北極海・南極海の周辺でフォトゾーンの大幅な浅化が観測されており、こうした地域は気候変動の影響が特に顕著な海域でもあります。
また、沿岸域や内海でも暗化が広がっており、例えばバルト海などでは陸地からの大雨や河川を通じた栄養塩・土砂の流入によってプランクトンが増え、水が濁って光が減少したと考えられます。
論文の図1 B(IHO 海域別ランキングの棒グラフ)では、日本にかかる主要 3 海域(日本海、オホーツク海、太平洋の北西の沖合)はいずれも上位 4 分の1 以内に入っており、特に 日本海が4位という突出した値を示しています。図1 A で北海道以北や日本海側が濃い赤で塗られているビジュアルを数量面で裏づけています。特に日本海は、面積の約半分(46~48%)が暗化判定を受けたという点で、地中海やカリフォルニア沖と並ぶ“暗化ホットスポット”と研究チームが位置づけています。
ただし、海が暗くなる一方で明るさが増した海域も存在します。
研究によれば、同じ20年の間に全球の約1割ではフォトゾーンが深くなり水中の光環境が改善していました。
地域によって変化の方向は様々で、例えばイギリス周辺では北海の一部が暗くなった一方、イングランド南岸の海峡やスコットランド北方の海域では明るくなったところも報告されています。
このように地域ごとの差異はあるものの、全体としては「海が暗くなる」という大きな世界的傾向が浮かび上がったと研究チームは結論づけました。