老化を進める「栄養シグナル網」とは何か?

生物が老いていくスピードには、「栄養や成長のシグナル」が深く関わっています。
例えば充分な食べ物がある環境では、体内の細胞は「栄養豊富だからどんどん成長・繁殖せよ!」という信号を受け取ります。
この信号系はインスリンや成長因子、さらにはmTORやRas–MEK–ERKといった分子経路から成り、「栄養センサー&成長スイッチ」のネットワークを構成しています。
若い頃は成長シグナルが重要ですが、加齢に伴い過剰な成長モードが持続すると細胞にダメージが蓄積し、老化やがんのリスクを高めることが分かってきました。
このため近年の老化研究では、栄養・成長シグナルを適度に抑制して“細胞のメンテナンスモード”を促すと寿命が延びる現象が数多く報告されています。
実際、インスリンやmTOR経路を遺伝的あるいは薬理的に弱めると、酵母・線虫・ハエ・マウスなど幅広い生物種で寿命延長効果が確認されています。
ラパマイシンは、こうした老化研究でたびたび脚光を浴びてきた代表的な薬剤で、mTORC1というタンパク質の働きを阻害することで細胞の成長シグナルを遮断し、モデル動物の寿命を延ばす効果が知られています。
マウスにラパマイシンを与える実験では、オス・メスともに寿命が15~20%ほど延びたとの報告があります。
一方、トラメチニブは MEK1/2 を阻害して ERK 活性を低下させる抗がん剤です。
この薬はもともと皮膚がんの一種(メラノーマ)の治療薬ですが、ショウジョウバエの実験で寿命延長効果を示すことが報告され、老化抑制薬(ジェロプロテクター)となり得る候補として注目されていました。
ただしマウスなど哺乳類でトラメチニブが寿命に影響を与えるかは未検証だったため、今回の研究ではラパマイシンとトラメチニブを併用したら加算的効果(足し算)が得られるかを検証することが最大の目的となりました。
特に両薬剤が作用する経路は互いに密接に関連しており、同時に2か所を抑えることで「片方だけ抑えても別ルートで補われてしまう」という代償反応を封じ込め、老化抑制効果を高められる可能性があります。
実際、ショウジョウバエの研究ではラパマイシン+トラメチニブにリチウムを加えた“三種の抗老化カクテル”によって、ハエの寿命が48%も延びたとの報告もあり、複数の経路をまとめて狙い撃ちするアプローチの有効性が示唆されていました。