“もう一本”増えたらタコは混乱するのか

タコは腕を失っても再生できる優れた再生能力を持つことで知られています。
ときには再生の過程で腕の先端が分かれて一本の腕が二本に枝分かれする「二股の腕」の例も報告されています。
ふつうタコが腕を失うと、切り口(断面)の細胞がまずかさぶた状に閉じ、その下で組織が少しずつ盛り上がり、数週間から数か月かけて“子どもの腕”のような短い突起が現れ、そこから本来の長さへゆっくり伸びていきます。
いわば切り株から新芽が伸びるイメージです。
ところが「二股の腕」と呼ばれる再生はまったく別のプロセスで、最初にできた再生芽の先端が途中で分かれてしまい、1本だったはずの腕がY字に二つに裂けて成長します。
見た目は枝分かれした木の枝に近く、根元は1本なのに先端だけが2本に増えるため、タコ全体としては9本、場合によっては10本以上の腕を持つ状態になります。
しかしこうした分岐型の再生が生きた状態で観察されることは極めてまれで、追加の腕がタコの行動にどんな影響を与えるかはほとんど分かっていません。
あえて人間で例えれば、左腕が傷つくと、傷ついた部分から新たな腕がはえてきて、先端が2本になる状態と言えるでしょう。
元となる左腕はそのままなので、実質的に腕の本数は1本多い3本となります。
さらにタコの場合、神経構造がこの問題をさらに複雑にしています。
タコの全身には約4.5〜5億個のニューロン(神経細胞)があり、その実に3分の2以上が腕や胴体側に集中しています。
つまりタコの腕は脳に頼らずとも自律的に情報処理し動くことができ、極端に言えば「8つの小さな脳」が腕それぞれにあるようなものなのです。
こうした分散制御の仕組みによって、もし腕が一本増えた場合でもタコはそれを巧みに動かせるのか?それとも制御が追いつかず不自由さが生じるのか?
そういった疑問があったのです。
そこで今回、この疑問に答えるため、研究チームは野外で偶然見つかった“9本腕”のタコを詳細に調べることにしました。