2つの世界線の重なりから1つの電池に充電する

研究チームはまず理論モデルとして、1個の量子ビット(量子電池に相当)と充電器役の電磁場(光学キャビティ)を用意しました。
通常なら電池を充電器に接続するとき1つの経路しか通りませんが、今回はビームスプリッターという装置で量子ビットの波(存在確率の波)を分岐させ、同時に複数の経路をたどらせる工夫をしました。
具体的には、量子電池が複数のキャビティ(充電器)に同時に入る場合と、1つのキャビティに異なる入口から同時に入る場合の二通りを考え、それぞれで電池に蓄えられるエネルギーと取り出せる仕事量を計算しました。結果、量子電池を重ね合わせ状態で充電すると“貯めた瞬間に使える”効率(エルゴトロピー比)が大幅に向上することが分かりました。
特に、1つの充電器に2つの入口から同時に入る方式では、干渉効果によって飛躍的な性能向上が起きました。
わずか2経路の重ね合わせで、充電開始直後から理論上、蓄えたエネルギーの全てを仕事(有用なエネルギー)に変換できる理想的な状態に達したのです。
研究チームはこの現象を「完全充電現象(perfect charging phenomenon)」と呼んでいます。
通常の量子電池では充電の初期段階ではエネルギーを蓄えてもすぐには取り出せず、十分に充電が進んだ後になって初めて有効活用できるエネルギーとなります。
しかし今回の方法では充電のごく初期から蓄えたエネルギーを即座に取り出せることが確認されました。
言い換えれば、充電プロセスのどの時点で止めても、その時点までに蓄積したエネルギーを余すことなく仕事に変換できるという究極的な効率が実現したのです。
今回の研究をあえて多世界解釈でたとえるなら?
あえて多世界解釈でたとえるならば「枝分かれ寸前の二つの世界線Aと世界線Bが一瞬だけ重複し束の間だけ“共同タンク”を共有し、その重なり部分で二倍の給電ホースからエネルギーが一気に電池に流れ込む」というイメージでしょう。
完全に世界線Aと世界線Bに別れてしまう前の一瞬の重なりを利用する点において非常にユニークです。
研究チームはさらに、この効果が複数の量子ビットでも成り立つか検証しました。
結果、2つ以上の量子電池を同時に重ね合わせ経路に通しても干渉効果は維持され、効率向上が損なわれないことを示しました。
このことは将来的にスケールアップした量子電池システムでも原理が応用できる可能性を示唆しています。
加えて、理論上の予測を確かめるため、IBM量子プラットフォームやIonQ社の量子デバイス上で実証実験を行いました。
その結果、理論通り量子電池の最大取り出し可能エネルギー(エルゴトロピー)が向上することが確認され、量子コンピュータ上で原理検証に成功しました。
研究者たちは「我々は量子計算機を使ったシミュレーションで量子電池の高速充電現象を再現し、初期段階から有用なエネルギーを取り出せることを示しました」と述べており、今回の結果は現実の量子電池開発に向けた重要な一歩だとしています。