光速の壁に続く“パワーの壁”、ついに理論証明

今回の研究手法は理論的なもので概念的にかなり難しいものになっています。
そこで専門的なことは置いておいて大枠を理解したい人向けに「ざっくり解説版」を用意しました。
ざっくり解説版
プランクパワーは量子論からも導けるのか?
研究チームはまず、重力波が最後に通り抜けて宇宙へ逃げていく“出口”――時空の光速境界を仮想的に設定し、そこから流れ出るエネルギー量(光度)を数式で測る枠組みを作りました。つぎに、その枠組みを丸ごと量子論のルールで扱い直し、「重力波を“粒”として数えたらどんな振る舞いになるか」を計算しました。
すると出力の取り得る値は、ある決定的なラインを境にガラリと様子が変わることが判明しました。そのラインが プランクパワー(約 3.6 × 10⁵² ワット) です。
- それ未満 … 出力は“飛び石”のように飛び飛び(量子化)
- それ超え … 値は連続になるが、時空に「コースティク」というひずみが発生し、数式が破綻してしまう
要するに、プランクパワーを越える放射は理論上描けても現実の時空には入らない――宇宙が自動的にストッパーをかけているイメージです。光速が速さの天井なら、プランクパワーはエネルギー放出スピードの天井というわけです。
さらにこの“出力の壁”は4 次元の宇宙(縦・横・高さ+時間)だからこそ意味を持つことも分かりました。5 次元以上の仮想宇宙では、長さのスケールが絡んでしまい、同じような普遍的上限をきれいに導けません。私たちの宇宙が4 次元である事実そのものが、プランクパワーという上限を自然に生み出している――それが今回の理論計算の示すところです。
プランクパワーは量子論からも導けるのか?
謎を解明するためヴィーラント博士らは、まず重力波が通過する時空の境界面(光速で伝わる重力場の情報が通る仮想的な面)を考え、その上で重力場の振る舞いを数式で記述しました。
この境界面は時空の端(遠方の無限遠)に相当し、そこでの重力波のエネルギー流出を解析することで系全体の「光度」(単位時間あたりのエネルギー放出量)を評価します。
次に、この重力場のモデルに量子論的な扱いを導入しました。
具体的には、重力の作用(アクション)に特殊な項を加えて非摂動的な量子化を行い、重力波の位相空間(とり得る状態の空間)の構造を解析しました。
難しい内容ですが、一言でいうと「重力波を量子的に扱ったら何が起きるか」を計算したのです。
その結果、重力波として運び出されるエネルギーのスペクトル(とり得る出力の値)が、ある値を境目に性質が一変することが明らかになりました。
その境目こそがプランクパワー(約3.63×10⁵² W)に対応しており、ここで出力の振る舞いが「それ以下では離散的(連続的な値ではなく飛び飛びの値しか取らない)」のに対し、「それ以上では連続的(あらゆる値が取り得る)」に分かれるのです。
量子論ではエネルギーなどの観測量が離散的な値(量子)になるのが通常ですが、プランクパワーを超える領域ではそれが崩れて連続になってしまうという、一見奇妙な結果です。
しかしヴィーラント博士は、このプランクパワーを超える連続スペクトルの状態は物理的に実現不可能であると結論付けました。
そのような状態では、数式上は「時空に収まりきらない」現象が起き、重力場に「カスプ(焦点特異点、caustic)」と呼ばれる異常な歪みが生じてしまいます。
これは時空が無矛盾に存在するための条件(遠方で平坦になる、など)に反するため、結局そのような解(状態)は現実の宇宙では起こり得ない、というのです。
換言すれば、プランクパワーを上限とする「出力の壁」が理論的に証明されたと言えるでしょう。
今回の結果は、D=4次元(通常の3次元空間+時間の宇宙)でのみ成り立つことも注目すべき点です。
高次元の仮想的な宇宙ではプランクパワーに相当する上限は一般には導くのは困難とされています。
4次元の場合、重力波のピーク光度はブラックホール合体の質量比やスピンなど無次元のパラメータだけで決まることが知られています。
(※詳しくは4 次元では次元解析で 長さスケールが消え、c,Gだけで光度が決まる。D ≠ 4 では追加スケールが必要)
これは光速や重力定数といった普遍定数のみで上限値が決められることを意味し、プランクパワーが自然に登場する理由とも言えます。
一方で5次元以上では、出力に長さのスケール(系の大きさや振動数など)が関与してしまい、同じような普遍的上限は導けなくなるのです。
私たちが住む宇宙がまさに4次元であるという事実も、この“出力の壁”が現実的な意味を持つ重要な要因です。