なぜ母親は「父親に似てる」と言いたくなるのか?
人間の子どもは、他の多くの哺乳類と比べて極端に長い時間をかけて成長します。
その間、子育てには膨大なリソース――時間、労力、食糧、社会的支援――が必要となります。
女性にとっては体内で妊娠し、出産するというプロセスがあるため、自分の子であることは100%確信できます。
しかし、男性にとってはそうではありません。
受精は女性の体内で起こるため、「本当に自分の子どもなのか」を男性が確かめる術は自然状態では存在しないのです。
この状況は学術的に「父性の不確実性(paternity uncertainty)」と呼ばれ、人類の進化においてきわめて重要な問題とされてきました。
父性の不確実性は人類の進化上、男性に特有のさまざまな心理行動を生み出してきたと考えられています。
たとえば、
・配偶者に対する独占欲や性的嫉妬(他の男性の子供ではないかという疑念)
・他の男性との接触を避けさせようとする行動
・女性の貞操を重視する文化的規範(たとえば純潔の価値づけ)
などです。
こうした行動や文化は、すべて「自分の子でない子に投資する」というリスクを回避するために進化したと考えられています。

そして逆に、女性の側にもそれに対応する行動が発達したとする説があります。
それが「子どもは父親にそっくり」と主張することで、父親側の子育てに対するリソース投資を確保しようとする戦略です。
もし父親が「自分には似ていない」と感じてしまえば、他の男性の子どもである可能性を疑って、子育てに消極的になるか、あるいは完全に母子から離れてしまうかもしれません。
しかし母親が「ほら見て、あなたにそっくりよ」と言っておけば、父親も安心して、子育てに積極的に参加してくれる可能性が高まるのです。
ここまではよく知られた人類の心理傾向ですが、では母親が「あなたにそっくり」と主張し始めるのはいつからなのでしょうか?