熱力学第三法則の正体は第二法則の影だった

果たして第三法則は第二法則とは独立したものなのでしょうか、それとも第二法則の中に統合されるものなのでしょうか?
謎を解明するため研究者たちは、このネルンストとアインシュタインの論争を再び見直し、「仮想エンジン」という概念を現代の熱力学の理論的枠組みの中で厳密に扱うことに取り組みました。
教授らは、ネルンストが用いた仮想エンジンを単なる架空の装置として切り捨てるのではなく、「ベースとなる熱力学第二法則がそもそも理論的に仮想エンジンのような理想化された状況を想定している」という根本的な観点に注目しました。
アインシュタインはネルンストの証明法が仮想的過ぎるとして否定したわけですが、熱力学第二法則そのものも根底には「ありえない仮想性」を抱えていたのです。
実際、このような完璧なエンジンを作ることは不可能です。
といっても熱力学第二法則が間違っているという意味ではありません。
熱力学の法則だけでなく他の法則を厳密に定式化する際には、理想的な装置をとりあえずの基準に考える必要があります。
摩擦や変換効率のような「現実的な問題」は理想的状態を理解した後に考えるという方針です。
なのでありえない存在であっても、理想的な熱機関として第二法則のベースとなるカルノーエンジンを考えることは無駄とはされていません。
そこで研究チームは、この理論的な「カルノーエンジン」を出発点にして、このエンジンを絶対零度に近づけていく過程を、数学的に厳密に調べていきました。
その結果、重要な結論が導かれました。
絶対零度に近づくにつれてカルノーエンジンは次第に動作が弱まり、最終的には完全に止まってしまい、「熱のやりとりも一切なく、仕事も一切できない」状態になることが明らかになったのです。
これは直感的に言えば、絶対零度に近づくと物質がまったくエネルギー交換できなくなるということです。
当然ながらこの状態ではエントロピーを変化させることも不可能です。
これは重要な結果でした。
なぜなら、もし絶対零度でエントロピーを変化させられないのだとすれば、「絶対零度においてエントロピーが一定値(ゼロ)に収束する」というネルンストの熱定理そのものが、第二法則を基礎とした理論的考察だけで自然に導き出されるからです。
言い換えれば、第三法則は第二法則の単なる延長線上にある理論的な帰結であり、実際には独立した新しい法則というよりも、第二法則の深い理解の一部だったのです。
ただし今回の理論的な分析だけで導けるのは、「絶対零度に近づくにつれてエントロピーがただ一つの値に収束する」ということまででした。
その収束するエントロピーの値が厳密にゼロであるということまでは、第二法則のみからでは証明できません。
実際にエントロピーがゼロに収束するという具体的な事実については、ネルンスト自身が示した実験的な観察結果(物質の比熱が極低温で急激にゼロに近づくという実験的事実)を追加で必要とするのです。
それでも今回の理論的な検証では、「熱力学第三法則」は第二法則に自然に統合されるものだという、明確な結論を導きました。
約120年にわたりネルンストとアインシュタインが論争し、物理学者たちを悩ませてきた熱力学第三法則を巡る理論的混乱は、ここにようやく一つの大きな収束点を迎えることになったのです。