磁石で脳細胞を誘導し、失われた神経回路を再構築する新技法を開発

パーキンソン病は、世界で急速に患者数が増加している神経変性疾患のひとつです。
ドパミンという神経伝達物質を分泌する神経細胞が、脳の「黒質(こくしつ)」という領域で徐々に失われていくことで発症します。
ドパミン神経細胞は、長い軸索(神経細胞が他の細胞に信号を伝えるために伸ばす細長い突起)を伸ばして「線条体(せんじょうたい)」という別の脳領域に情報を届け、運動機能をコントロールしています。
この重要な神経回路が「黒質線条体系路(ニグロストリアタル経路)」です。
しかし、パーキンソン病ではこの経路が壊れることで、ドパミンが供給されず、手足の震えや動作の緩慢さなどの症状が現れます。
既存の治療法は、こうした症状を一時的に緩和するものであり、根本的な回復には至りません。
この問題に対し、近年注目されているのがiPS細胞を用いた再生医療です。
iPS細胞から作られたドパミン神経前駆細胞を脳に移植することで、失われた神経細胞を補おうとする試みが進められているのです。

しかし大きな課題が残っていました。
それは「移植した神経細胞の軸索が、目的地である線条体まで十分に伸びない」ということです。
成人の脳では、軸索の成長を誘導する仕組みが乏しく、細胞を移植しても神経回路を再構築できないのです。
こうした状況を打開するべく研究チームが開発したのが「ナノプーリング」という新技術です。
この方法では、まず磁性ナノ粒子を、移植する神経細胞にあらかじめ取り込ませておきます。
そして外部から弱い磁場を与えることで、細胞の中に取り込まれた粒子に微弱な力(ピコニュートンレベル)を発生させます。
この極めて小さな力が、軸索を磁場の方向に“引っ張る”働きを生み出し、神経突起が目的地へ向かって成長するように誘導できるのです。
そして実験では、中脳黒質と線条体を含む脳の一部を共培養し、初期のパーキンソン病を模倣したモデルを構築。
そこにヒト神経上皮幹細胞(磁性ナノ粒子を取り込んだもの)を移植し、ナノプーリングを実施しました。
磁力を使って「軸索の成長を誘導する」ことに成功
この実験で得られた結果は、再生医療にとって画期的なものでした。
まず、ナノプーリングを適用した細胞では、軸索の伸長が明らかに促進されており、その成長方向も磁場の方向に沿っていることが確認されました。
まるで“見えない手”に導かれるかのように、神経突起が正しい方向に向かって伸びていったのです。

さらに、神経突起がただ伸びただけでなく、「軸索の分岐の増加」「神経伝達物質が入っているシナプス小胞の形成促進」「細胞骨格を構成する微小管の安定化」など、神経細胞としての機能的な成熟も促進されていました。
また、今回の研究では、ヒトiPS細胞から作成したドパミン神経前駆細胞を用いても同様の結果が得られており、ナノプーリング技術が実際の臨床応用に近い細胞系でも有効であることが実証されました。
そして安全性の面でも注目すべき成果があります。
磁性ナノ粒子と磁場は、MRIなどの医療機器で既に使用されている技術であり、臨床的な安全性が高いと考えられています。
今回の実験でも、長期間にわたる磁場の刺激が、移植細胞の生存率や周辺組織に悪影響を与えることはありませんでした。
今後の研究では、ナノプーリング技術の実用化に向けて、生きた動物個体の中で長期間にわたる効果や安全性を評価することが重要になってきます。
さらにナノプーリング技術は、中枢神経系の他の損傷・疾患にも応用できる可能性があり、その展開が期待されています。
「神経細胞の成長を磁場でコントロールする」
この画期的な技術は、失われた機能を回復させる新たな希望として、未来の医学に革新をもたらすことでしょう。
傷口に注入して傷口塞ぐ方向に力かけ続けるとかすると傷の治り早くなったりとかするのかしら。