がん細胞は「死んだ仲間」が免疫細胞に食べられると増殖する
がん細胞は「死んだ仲間」が免疫細胞に食べられると増殖する / Credit:死んだがん細胞の捕食ががんの爆発的増殖を促進 ~マクロファージの”貪食” ががんを育てる意外な仕組みをハエで発見 新たな治療法の確立に期待~
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がん細胞は「死んだ仲間」が免疫細胞に食べられると増殖する

2025.07.11 17:00:17 Friday

日本の名古屋大学で行われたショウジョウバエを用いた研究により、がん細胞は「死んだがん細胞」が免疫細胞に食べられることで数が減るのではなく、むしろ生き残ったがん細胞の増殖が促進されるという衝撃的な発見がなされました。

従来マクロファージに代表される貪食作用がある細胞は体内の不要な細胞や異物を取り込んで掃除を行い、組織の健康を維持していると考えられていましたが、今回の研究により、その善意の「掃除」ががん細胞にとっては「肥料」となり、増殖を助けてしまうという意外な側面が浮かび上がったのです。

さらに、この現象は炎症物質の連鎖反応によって、がん細胞自身が次々と炎症物質を出し合うことによって、より一層強力に増殖が促進されていました。

つまり、がん細胞は死んだ仲間が食べられることを逆手に取り、自らの成長を促すシステムを巧妙に作り出していたのです。

この驚くべき発見は、がん治療の常識を変えることになるのでしょうか?

研究内容の詳細は2025年6月26日に『Current Biology』にて発表されました。

死んだがん細胞の捕食ががんの爆発的増殖を促進 ~マクロファージの”貪食” ががんを育てる意外な仕組みをハエで発見 新たな治療法の確立に期待~ https://www.nagoya-u.ac.jp/researchinfo/result/2025/06/post-845.html
Macrophages promote tumor growth by phagocytosis-mediated cytokine amplification in Drosophila https://doi.org/10.1016/j.cub.2025.05.068

がんを取り巻く免疫細胞は敵か味方か

がんを取り巻く免疫細胞は敵か味方か
がんを取り巻く免疫細胞は敵か味方か / がん細胞の周りにいるマクロファージはがんの成長を抑えるだけでなく、近年ではがんの成長を促進する役割をしているのではないかと考えられるようになっています。/Credit:死んだがん細胞の捕食ががんの爆発的増殖を促進 ~マクロファージの”貪食” ががんを育てる意外な仕組みをハエで発見 新たな治療法の確立に期待~

がんという病気は誰にとっても怖いものです。

身近な人ががんになった経験がある方なら、「早くがん細胞を消してしまいたい」と思ったことがあるでしょう。

体の中では、実際にそれを担ってくれる頼もしい細胞がいます。

それが免疫細胞の一種である『マクロファージ』です。

マクロファージは普段、体の中にある死んだ細胞や異物を丸ごと取り込んで分解する「貪食(どんしょく)」という能力を使い、組織を健康に保っています。

つまり体内の『掃除屋』として働いているわけです。

これまでの医学では、この掃除機能によってマクロファージは、がん細胞も同じように取り除き、がんの進行を抑えていると考えられてきました。

しかし最近になって、その認識を覆す新たな事実が浮かび上がっています。

なんと、この頼りになるはずの『掃除屋』が、がん細胞の味方をしてしまうケースがあるのです。

実際、がん組織の周りにはマクロファージが多く集まることが知られており、がんの進行が早いほど、その数は増える傾向にあります。

そして、このようながん組織に特別に集まってくるマクロファージは『腫瘍随伴マクロファージ(TAMs)』と呼ばれています。

これらTAMsは本来の『掃除屋』の役割とは逆に、がん細胞の増殖や転移を助け、がんを悪化させることが確認されています。

けれども、がん細胞がどうやってマクロファージを自分の味方にしてしまうのか、その詳しい仕組みについてはまだはっきりしていませんでした。

この謎を解き明かすために名古屋大学の研究グループは、モデル生物としてショウジョウバエを使った研究を開始しました。

【コラム】ハエを研究する理由

なぜヒトとは進化的に遠いハエが、医学や生命科学の最前線で重宝されるのでしょう?意外に思う人もいるかもしれませんが、ハエもヒトも酸素を吸って二酸化炭素を吐き、糖や脂肪を分解してエネルギーを作ります。筋肉を縮める仕組みも、脳で情報をやり取りする電気信号(ニューロンの活動)も、根本原理はヒトもハエも同じです。台所に置いた果物にハエが群がるのは、人間の食べ物から得られる糖分やアミノ酸こそが、ハエたちにとっても最高の燃料だからにほかなりません。細胞レベルで見ても共通点は驚くほど多く、DNAを読み取ってRNAを作り、タンパク質へと翻訳する「遺伝情報の流れ」は教科書図そのままに保存されています。またゲノムを比べると、ショウジョウバエにある遺伝子のおよそ7割がヒトの遺伝子と“一対一”で対応します。筋萎縮性側索硬化症(ALS)やアルツハイマー病、パーキンソン病など、人間の難病原因遺伝子の多くがハエにも見つかっており、変異を導入するとハエでも類似の神経変性や行動異常が起こります。つまり「病気の設計図」が共通しているからこそ、ハエで症状が再現でき、治療薬の候補分子をスクリーニングする足がかりになるわけです。今回取り上げたマクロファージのような「掃除屋」は、ハエでは血球(ヘモサイト)と呼ばれる細胞が担います。(※本記事ではプレスリリースと論文に習いマクロファージと表記します。)ハエの血球も死んだ細胞を食べ、細菌を飲み込み、炎症性サイトカインに似たタンパク質を分泌して組織修復を促します。つまり「死んだ細胞をどう処理し、傷をどう治すか」という免疫の基本路線は、昆虫と哺乳類でほぼ共通なのです。そのためハエで“掃除屋ががん細胞に利する疑い”を調べることは、臨床試験に先立つ強力なヒントとなるのです。実際、ハエを研究することで得られた知見は計り知れません。体内時計、発生遺伝子、カルシウムシグナル、嗅覚受容体――これらはすべてショウジョウバエで解明され、のちにヒトでも同じ原理が働くと裏付けられたテーマです。ショウジョウバエは卵から成虫までおおよそ10日~2週間。成虫一匹の飼育コストはマウスの千分の一以下で、数千匹を同時に飼っても実験室の片隅で済みます。短い世代時間と低コストのおかげで、数百~数千系統の遺伝子改変ハエを一斉に作り、病気モデルや薬剤効果を“網羅的”にテストできます。そういう意味では実験動物としてのハエは決してマウスやサルの下位互換ではないのです。

ショウジョウバエは遺伝子の多くが人間と共通していて、ヒトの免疫システムやがんの仕組みを調べる上でも役立つ生物です。

ヒトでは簡単には調べられない細胞レベルの変化を、ショウジョウバエなら詳しく観察することができます。

研究グループは、ショウジョウバエに人間のがんに似た悪性腫瘍を発生させることで、体内で何が起きているのかを詳しく調べることにしました。

特に、がん細胞とマクロファージがどのように相互作用しているのかを遺伝子レベルで詳細に調べ、この奇妙な協力関係が具体的にどんな仕組みで成り立っているのかを明らかにしようと試みたのです。

マクロファージが本当に『掃除屋』から『肥料』に変わってしまうなら、その仕組みは一体どのようなものなのでしょうか?

次ページ免疫細胞が『掃除屋』から『がんの味方』へ

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