なぜこの前まで「普通」だった人が陰謀論に染まるのか?
陰謀論にハマる人と聞くと、まず思い浮かぶのは、何らかの精神疾患を抱え、妄想的な信念を持っている人かもしれません。
こうした場合、陰謀論は個人的な妄想にとどまることが多く、周囲に同調者が現れにくいため、本人がどれだけ主張しても社会運動のような大きな広がりにはなりません。
しかし、最近ではSNSを中心に、陰謀論を共有し、集団で発信する人たちが社会運動のように活動している姿を目にする機会が増えています。
読者の中にも、突然身近な知人が反ワクチンの話をするようになって驚いた、という経験を持つ方がいるかもしれません。
実際、研究チームの観察によれば、コロナ禍をきっかけに陰謀論コミュニティへの関心が高まり、こうしたグループが身近な存在になっています。
これまで、陰謀論にハマるのは「頭が悪い人」や「だまされやすい人」といった先入観や、個人の性格や問題で片付けられることが多くありました。
また心理学の分野では、怒りや不安といった感情的な反応が陰謀論に惹かれやすい傾向と関係するという報告もあります。
それでも、実際には社会的地位が高い人や、冷静で知的な人であっても、突然“陰謀論に目覚める”ケースが珍しくありません。
この研究チームが注目したのは、「なぜ理性的な人までが巻き込まれるのか?」という疑問です。
研究チームは、個人の性格や心理だけでなく、人と人とのつながりがどのように影響するのかを詳しく調べました。
鍵となるのは「共鳴(resonance)」です。
共鳴とは、誰かが感じた怒りや不信感、疑問が、仲間の間で共感され、語り合ううちにどんどん大きくなっていく現象です。
ある人が「何かおかしい」と感じた時、その感情を分かち合う仲間が現れ、集まって話すことで気持ちがさらに強まり、疑いが確信に変わっていきます。
このような共鳴が生まれると、一人ひとりの不安や疑念は、「自分だけの思い込みではなく、やはり何か裏があるに違いない」という強い確信に変化します。
実際、研究チームはイギリスやアイルランド各地で陰謀論コミュニティの現場調査を行い、長期間にわたって観察やインタビューを重ねてきました。
調査対象には、5G反対運動、反ワクチン、フラットアース(地球平面説)、スピリチュアル系のグループなどが含まれます。
活動の場はオンライン・オフライン両方に広がり、Discord(ディスコード)やTelegram(テレグラム)などのチャットアプリを使ったやりとりも盛んです。
さらに、年齢や職業もさまざまで、定年退職者やエンジニア、セラピスト、教員、アーティスト、金融関係者など、多様な人々が関わっていることがわかりました。
研究チームは単なる意見交換にとどまらず、集会やデモ、抗議活動へと発展していく現場も観察しています。
たとえば、会場では「自分の家族が医療事故で苦しんだ」「5Gの電波で体調を崩した」などの体験談が語られ、同じ不安や疑問を持つ人たちが拍手や共感を通じて一体感を強めていきます。
このような人と人との共鳴が起こる現場を追うことで、研究チームは「普通の人」がなぜ突然陰謀論に引き込まれるのか、その新しいカギを明らかにしようとしています。
特に注目すべきは、こうした共鳴によって生まれる強い納得感や安心感が、理性的な判断や論理的な違和感をかき消してしまうというメカニズムです。