悪態がもたらした握力アップの秘密

今回の研究では、大学生を中心にした52人の参加者に協力してもらい、「悪態(汚い言葉)を口にした場合」と「普通の言葉を口にした場合」で、心や体にどのような違いが現れるかを調べました。
悪態というのは、例えば「くそっ!」や「ちくしょう!」のように、イライラしたり興奮したりした時に思わず出てしまう言葉です。
普通の言葉とは、日常的で何の感情も伴わない言葉(たとえば「木」や「フラット」など)を意味します。
参加者には、まず自分で好きな悪態と普通の言葉をひとつずつ選んでもらい、それをそれぞれ別のタイミングで10秒間繰り返し口に出してもらいました。
その後、それぞれの言葉を言った後に、人の気分や力の出しやすさがどのように変わるかを詳しく調べました。
今回は主に、「握力の変化」、「気持ちや感情の変化」、「脳がミスをチェックする機能の変化」の3つに注目しています。
最初に「握力の変化」について調べました。
握力は、専用の測定器を手でギュッと握って、その強さを測るテストです。
結果を見ると、悪態をついた直後のほうが握力が平均で約1.4kgほど強くなることが分かりました(悪態:約29.0kg、普通の言葉:約27.6kg)。
これはつまり、悪態を口にすることで本当に体に力が入りやすくなることを、実際のデータで確認できたということです。
この結果は、過去に行われた同様の実験の結果とも一致しており、「悪態によって力が出る」という効果が確かなものであることを改めて示しています。
次に「気持ちや感情の変化」について見てみましょう。
悪態を言った後の参加者は、「気持ちが明るくなった」「面白く感じて思わず笑ってしまった」と答える人が明らかに増えました。
実はこれまでの研究でも、「悪態を口にすると気分が明るくなったり、楽しく感じたりすることがある」と指摘されていましたが、この研究でもそれをはっきりと確かめることができたのです。
さらに、「目標に向かう意欲(BASドライブ)」という、心の中で行動を起こそうとする力を表す指標も高くなりました。
これは、悪態を口にすることで「よし、やってやるぞ!」という強い闘志や積極性が湧き出し、物事に対して前向きに取り組む気持ちが高まることを示しています。
ここまでは予想通りの結果でしたが、最後の「脳のミスをチェックする機能」に関しては少し予想と違う結果が出ました。
人は何か作業をするとき、間違いやミスをすると脳の中で瞬間的に「しまった!」という警告信号が出ています。
これは専門的には「エラー関連陰性電位(ERN)」と呼ばれるもので、簡単に言えば脳が自分の間違いに気づいて発する小さなサインのことです。
研究チームは「悪態を口にすることで心のブレーキが外れれば、このサインが弱まるはずだ」と予想しました。
なぜなら、悪態によって一時的に自分への見張りがゆるくなれば、小さなミスを気にせず思い切り行動できると考えられたからです。
しかし実際に測定してみると、悪態をついた場合も普通の言葉をついた場合も、脳がミスをチェックするERNの大きさにはほとんど違いが見られませんでした。
つまり、脳は悪態をついても「ミスに敏感に反応する」という機能をそのまま保っており、悪態によって心のブレーキが完全にゆるんでしまうことはなかったのです。
さらに詳しい分析では、この脳のERNの変化(あるいは変化のなさ)が握力アップ効果に直接影響しているわけではないことも確かめられました。
研究チームは当初、「悪態による力の増加はミスを気にしなくなるために起こるかもしれない」と考えていましたが、今回の結果から、その説明は難しいことがわかりました。
つまり、悪態によって握力が高まる現象は、「脳がミスに対して鈍感になる」という仕組みとは異なる、別の原因によるものだと考えられるのです。