若者に広がる「集中困難」と「物忘れ」
解析の結果、アメリカの成人全体で「物忘れや集中困難」を訴える人の割合は、2013年には5.3%でしたが、2023年には7.4%にまで増加していました。
さらに興味深いことに、この増加がはっきり表れ始めたのは2016年からであり、もっとも中心的な世代が18〜39歳の若年層だったのです。
この世代では5.1%から9.7%へとほぼ倍増していたのです。
これは非常に不可解な現象に思えます。なぜこのような傾向がでてきたのでしょうか?
まず1つ注意しなければいけないのは、このデータが自己申告の回答を集計したものだという点です。
つまり若い人たちが、そのように自分の状況を自覚するようになったというのがポイントになるかもしれません。
データで見ると、この認知問題の増加は「所得」や「学歴」といった要因では差が見られず、高学歴や高収入の若者でも増えており、特定の層に限った現象ではありませんでした。
そのため研究チームは、若い世代でこのように「物忘れがひどい」「集中が難しい」「判断に迷うことが多い」といった問題を自覚する人が増加した背景には、生活習慣の変化が大きな要因ではないかと述べています。
デジタル機器の長時間使用や依存状態は、慢性的な睡眠不足や注意力の分断を起こしやすい環境です。そのため、集中力や記憶力が低下しているという感覚を強める人が若い世代を中心に増えている可能性があるのです。
経済的不安や将来への不透明感といった社会的ストレスも、若い世代の認知機能に負担をかけている可能性があります。
また、2016年以降この認知問題の増加がはっきり現れていることから、この付近で人々の意識や自己申告の行動が変化したという可能性も考えられます。
以前の社会では「物忘れがひどい」「集中できない」といった悩みを若いうちから訴えることは恥という認識があり、自ら申告しづらい雰囲気がありましたが、SNSなどの普及からこうした悩みを共有する機会が増え、気軽に自己申告する若い世代が増えた可能性が考えられるのです。
これは、近年ADHD(注意欠如・多動症)の診断数が増加傾向にあるという問題と似ているかもしれません。
昔から存在していたADHDが、近年増加していると言われる背景には、診断基準の普及や啓発活動によって「隠れていたケース」が統計に現れるようになった可能性が指摘されています。
これらを考慮すると、若年層の物忘れや集中困難も同じように、生活習慣や社会的ストレスによる感覚的な増加と、申告や認識の変化による「見える化」の両方が重なってデータ上現れた現象と言えるかもしれません。
逆に70歳以上の高齢層では 7.3%(2013年)→6.6%(2023年)と、むしろわずかに減少する傾向が見られました。
これも不思議な変化に思えますが、これについて研究者は、この調査期間中に高齢者の心臓や血管の病気の管理が進んだことや、これまで教育水準が低い時代の人たちが中心だった高齢者が、教育水準が向上した世代も含むようになったことが影響している可能性を指摘しています。
いずれにせよ今回の結果は、あくまで本人の「自覚症状」に基づいたもので、臨床診断での認知症や軽度認知障害(mild cognitive impairment)などの病気が増えたという話とは異なります。
とはいえ、時代の変化によって人々を取り巻く環境が劇的に変化していることも事実のため、このデータが将来のリスクの兆しを示している可能性も、軽視できません。
研究チームは今後、客観的な認知テストを組み合わせたり、うつ病など精神疾患を含めて分析したりすることで、より正確に実態を把握していく必要があるとしています。
「物忘れは年をとってからの悩み」――そんな常識は、もはや過去のものになりつつあります。若い世代に広がる集中困難や記憶の問題は、個人の体験にとどまらず、社会全体が向き合うべき課題になっていくかもしれません。