重力波がワームホール仮説と一致するパターンを示した

異常な重力波「GW190521」はワームホールを通ってきたのか?
研究チームはまず、ワームホールが実際に存在すると仮定した場合、そこからどのような重力波のエコー(残響)が届くのかを具体的に予測しました。
ここでいう「エコー」とは、谷間で叫んだときに山肌から声が反射して遅れて届くように、宇宙空間にある見えない障壁(ワームホールの両端にある壁)から反射して届く重力波の「こだま」のようなものです。
まずはこのエコーがどんな波形(信号の形)になるかを詳細な物理計算によって予測し、その波形モデルを作成しました。
次に、そのワームホール仮説で作ったモデルの波形と比較するために、従来の「ブラックホール同士の合体」という標準的なモデルでも、最新の手法を用いて改めて計算し直しました。
そうして用意した2つのモデルの波形を、2019年に実際に観測された重力波データ(GW190521)と比較して、どちらのモデルが実際の観測結果によりよく合致するのかを確かめました。
その比較の結果は、研究者たちの想像を超える興味深いものでした。
一般に、観測データに対してモデルがどの程度合っているかを判断する際に「信号対雑音比(SNR)」という指標を使います。
これは信号の強さを背景のノイズ(雑音)の強さと比べて、どれだけ観測が信頼できるかを示したものです。
SNRの値が高いほど、モデルとデータがよく一致していることを意味します。
今回の解析では、従来のブラックホール合体モデルのネットワークSNR(複数の重力波望遠鏡を組み合わせた全体での信号対雑音比)は約15.6でしたが、驚いたことに、ワームホールエコーの仮説モデルでも約14.5というほぼ同じような高い値が得られたのです。
その差はわずか約7%程度で、つまりは従来の定説に対して、ワームホール仮説のモデルも十分に対抗できる精度だったのです。
さらに重要なのは、こうした2つのモデルのどちらがデータにより強く支持されるかを評価するために、「ベイズ統計」という特別な統計手法を用いて比較したことです。
ベイズ統計では、複数の仮説やモデルのうち、どのモデルが観測データを最もよく説明できるかを定量的に判断できます。
具体的には、「対数ベイズ因子」という数値を計算し、この数値が大きければ大きいほど、そのモデルがより確かに支持されていることになります。
今回の解析で得られた対数ベイズ因子はマイナス2.9で、これは従来のブラックホール合体モデルと大きな差はありませんでした。
つまり、現段階では「ブラックホール合体説がわずかに優位」とは言えるものの、「ワームホール由来のエコー説」を否定することは全くできないという、非常に興味深い結果だったのです。
特に、今回観測された重力波が通常の「前触れ(インスパイラル)」部分が明確に見えず、非常に短くて急激な波形しか観測されなかったという特徴は、「ブラックホールが衝突後に一瞬だけワームホールが形成され、その直後に崩壊して、一回だけエコーが届いた」という仮説とうまく整合します。
そして研究チームはさらに深く考えます。
もし本当にこのワームホール仮説が正しいなら、他にも似たような「一瞬で終わる異常な重力波」が観測されるかもしれない、と考えたのです。
実際、2023年11月に観測された新しい重力波イベント「GW231123」も、GW190521と同様に非常に短時間で信号が終わる異例のパターンを示していることが、最近の解析によってわかっています(この研究は現在も解析が進行中です)。
今後、同じように奇妙で短い重力波イベントがさらに見つかれば、それらの特徴を統計的に比較することで、ワームホール由来の重力波という仮説の信頼性がさらに高まるかもしれません。
こうした経緯から、研究者たちは「短時間で謎めいた重力波イベント」について、様々な起源の可能性を系統的に比較検証することが重要だと指摘しています。
もしこれらがワームホール起源だとすれば、宇宙は思ったよりもワームホールが頻繁に生成されているのかもしれません。