30分で変わる大学生の1年間

今回行われた研究は、アメリカ各地の合計22の大学で実施された大規模なもので、新入生の人数はなんと26,911人にも上りました。
この規模の研究というのはなかなか実施が難しく、世界的に見ても珍しい試みと言えます。
しかも、結果の信頼性を高めるために、科学的に最も信頼される方法のひとつである「無作為化介入試験」が行われました。
これは研究対象の学生たちを、プログラムを受けるグループと受けないグループにランダムに振り分け、後から2つのグループの違いを比較するという方法です。
このような方法を取ることで、「プログラムそのものが効果を生んだのかどうか」を厳密に調べることができるわけです。
では具体的に、学生たちはどんなプログラムを受けたのでしょうか?
新学期が始まる前、学生たちはオンライン上で10分~30分程度のとても短いエクササイズを受けました。
このプログラムは特に複雑なものではありません。
まず、大学に入学したばかりの時期に誰もが感じる孤独感や勉強の難しさについて、先輩たちが自分の体験談を書いた短い文章を読みます。
先輩たちが書いた内容は、「大学生活の初期は誰でも不安で寂しい思いをしたけれど、時間が経つとだんだん慣れてきて楽になった」というものです。
それを読んだあと、新入生自身にも、自分が今感じている不安な気持ちや心配ごとについて「こうした不安は最初だけで、だんだん良くなるから大丈夫」という前向きなメッセージを未来の後輩へ向けて書いてもらいました。
こうすることで、自分自身にも「不安なのは自分だけではないんだ」と気づかせる狙いがあるのです。
では、この短いプログラムの結果はどうだったのでしょう?
研究の結果、プログラムを受けた学生グループは、受けなかったグループよりも、1年目をフルタイムで在籍したまま修了する割合が明らかに高くなりました。
ただし、この効果には大きな特徴がありました。
プログラムはどの大学でも、どの学生にも一律に効いたわけではなかったのです。
効果が特に大きく現れたのは、もともと過去のデータで「1年目をフルタイムで終えられる学生が半数程度」というように、修了率が低かったグループでした。
こうしたグループでは、この短い介入プログラムを受けるだけで、フルタイム修了率が平均で約2ポイントも改善したのです。
一方、もともと修了率が96%など、非常に高かったグループでは、追加の効果はほとんどありませんでした。
つまり、このプログラムの恩恵を最も強く受けたのは、「普段なかなか大学に定着しにくいとされるグループ」だったのです。
では、このようにグループ間で効果に大きな差が出たのはなぜだったのでしょう?
研究チームは、この差の理由を探るために、各大学の「学生の居場所づくり」に注目しました。
ここで言う「居場所づくり(所属機会)」とは、学生が「自分はこの大学に受け入れられている」と感じられる機会や環境のことです。
具体的には、学生が交流できるサークル活動が充実しているか、多様な背景を持つ学生が孤立しないよう教員やスタッフが支援しているかなどの要素が考えられます。
研究では、学生が実際に感じている居場所感を知るために、介入プログラムを受けていないグループの学生たちに「自分が大学に受け入れられていると感じるか」を春の時点で自己評価してもらいました。
この自己評価の結果をもとに、各大学の「居場所づくり」の程度を推測したのです。
その結果、居場所づくりが充実していた大学ほど、今回の心理プログラムの効果ははっきりと現れました。
反対に、学生が居場所を感じられない大学では、どんなにこのプログラムを受けても、ほとんど効果がありませんでした。
つまり、この短いプログラムは「大学という土壌」がしっかり耕されて初めて効果を発揮するということです。
実はこの短時間の心理プログラムの教材自体はすでにオンラインで公開されており、アメリカやカナダの大学であれば、申請すれば無料で導入できる仕組みになっています。
費用や手間をかけずに、すぐに多くの学生に提供できる仕組みが整っているのは大きなポイントです。
あるアメリカの大学では、入学前に行う健康診断や寮の手続きといったチェックリストの中に、この心理的サポートのプログラムを組み込んでいます。
新入生たちは、大学生活に入る前にこのプログラムを通じて「大学生活の初期に感じる不安は誰にでもある、自然なものだ」と気づくことができます。
さらにこの研究チームは、このプログラムの効果が、アメリカの他の大学(749校)にも広く当てはまることをデータから示しています。
もし全米の大学がこのプログラムを取り入れれば、毎年約1万2000人以上の新入生が無事に大学1年目を乗り越えられるだろうという計算になりました。
これは学生個人だけでなく、社会にとっても大きな希望につながる成果です。