精神疾患は進化の副産物なのか

今回の研究で明らかになったのは、「人類は賢くなるために、心の安定性を少しだけ犠牲にした可能性がある」というちょっと切ない話でした。
つまり私たちは、進化の中で知能という素晴らしい武器を手に入れたわけですが、その代償として精神的な弱さや繊細さも背負い込んでしまったかもしれません。
ただし注意したいのは、これは「賢くなったから精神疾患になった」という単純な因果関係ではありません。
あくまで知能の進化と精神の不安定さが同じ時期に連動して起きたことを示す、観察的な研究結果に基づく関連です。
比喩的に言えば、「頭が良くなったために心が壊れやすくなった」というより、「知能と精神の弱さがセットで進化の舞台に登場したと考えられる」というイメージが近いでしょう。
この発見は、私たちが抱える精神疾患に対する新しい見方を提供してくれます。
たとえば、うつ病や不安障害といった精神疾患は、単に運が悪い個人がたまたま背負う「バグ」のようなものではなく、人類が知能を獲得した進化の過程で避けがたく生じた副産物だった可能性が示唆されています。
進化の視点から見ると、「脳の高性能化」というメリットには、「心の不安定さ」というデメリットがセットになっていたのかもしれません。
ここで興味深いのが、こうした精神疾患につながる遺伝的変異が、進化の過程でなぜ残ったのかという点です。
一見ネガティブな影響を及ぼしそうなこれらの遺伝子変異も、実は人類に何らかの利点をもたらした可能性があると考えられています。
例えば、心が繊細で敏感なことは、高い創造性や芸術的才能、あるいは社会的感受性の高さにつながることがあります。
また、こうした変異が免疫機能や子孫を残すための繁殖能力に間接的な良い影響を与えていたという報告もあります。
要するに、精神疾患のリスクをもたらす遺伝子が完全に消えなかったのは、それが生存や繁栄にとって「完全に悪いもの」ではなかったと考えられるのです。
ただし、この研究にはいくつかの限界もあります。
まず、この結果はDNA解析に基づいた相関研究であり、「知能が向上したから精神疾患が生まれた」という原因と結果の関係を生物学的メカニズムとして証明したわけではありません。
また、今回使用された遺伝子データは現代の人類、しかもその多くがヨーロッパ系という特定の集団に偏っています。
世界中の人類の多様な遺伝的背景を完全に反映した結果ではないため、人類全体にこの結果を当てはめるには慎重な検討が必要です。
それでも、この研究の意義は非常に大きいと言えます。
今回の研究は、私たちのゲノム(遺伝情報)がまるで「タイムカプセル」のように進化の歴史を示し、そこから人類がいかに知性や精神疾患を発展させてきたのかという謎を解き明かす重要な一歩となりました。
また、この発見は私たちの脳の仕組みとこころの不調を別々のものとしてではなく、進化という大きな物語の中で一体的に考える視点を提供してくれます。
「こころの弱さ」がどこから来たのかを知ることは、精神疾患への理解や治療法の開発に新しい道を開く可能性があります。
こうして見ると、私たちが日常で感じる心の弱さや不調は、遠い祖先が私たちに残した進化の贈り物の一部だと気付かされます。
心が壊れやすいのは決して弱さの証明ではなく、むしろそれが人類の進化の「光」と「影」を示す一つの証拠なのかもしれません。
























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平和で善人な学者さんには心が壊れちゃっている(壊れた)遺伝子が残り継承される理由が不思議らしい。
ついには知性の反動だと言い出した。知性が関係すると見えるのは統計のトリックだろうに。
同じ統計のトリックを使って大胆な仮説を提唱する。
仮説「現代で心の病気と診断される人の中には殺人を実行とする能力が高い。別の時代なら英雄だろう」
解説。歴史的に他の種(部族、民族)を淘汰絶滅できる能力がある種のみ生き残ってきた。
慈悲も協調性も欠落していて現代基準では社会生活不適合者でも
戦争の狂気の中では些細な問題である。必要なのは冷酷無慈悲な殺人能力だけである。
そして敵を皆殺しにできる者は英雄だった。
べつに殺人など誰でも出来る、単に習慣の問題でしかないだろう。むしろ出来ない方が異常だ。人間は古来から殺人を平気でしてきたし、いまも至るところで戦争などという形で行っている。殺人と狂気には全く関連性は無いだろう。正常と分類される人間でもおよそ1/20は異常性格(サイコパス)だ。カムバリズムを含めて殺人の文化は人間の歴史の中では普通で、文明が発達しても古代中国、殷の紂王からウクライナ戦争の拷問、虐殺まで連綿と続いている。我々も動物で毛が3本多いサルでしかなく肉食のサルという怪物だ、人など何時でも誰でも殺せる。
やる気が起きなくなる鬱病になる事が、どうして
>殺人を実行とする能力が高い。別の時代なら英雄だろう
と言えるんだ?
協調性が無い人間が軍隊の中にいたら、集団行動の妨げとなって軍隊の機能を阻害するから、勝てる戦も勝てなくなる。
>「現代で心の病気と診断される人の中には殺人を実行とする能力が高い。別の時代なら英雄だろう」
というのは無理があり過ぎる話。
心が強そう
進化=進歩、ではないからな
進化した結果弱くなったり欠陥が発生することだって当然ありうる
脳が使えるリソースには限りがありますからね
いくら現代では糖分やカフェインが手軽に入手できるようになったとはいえ、100しかない脳のリソースが突然200になったりはしないでしょう
心の安定に割くリソースを犠牲にしてでも頭の回転を速くした人間が生き残ったという、何の面白味もない単なる自然淘汰
高度な運動能力を有する航空機はそのままではまっすぐは飛べないように設計されます。
それと同じことなんでしょうね。
前に歩くにはどうするか、前に倒れればいいんです。
高い運動性能(知性)と安定性能(心の強さ)は両立しないということですね
けど結局は地球の隅々まで生息域を広げ、最も多様な環境で繁栄してるんだから、心の弱さってのは勝手な解釈であって、生存戦略としては優れてるんじゃないのかな
賢さと心の強さのセットが理想的に働くって根拠も無いのだし
知能の発達は、未来の出来事をより鮮明にイメージすることが出来る能力だとすると、
自分の”死”もより鮮明にイメージ出来てしまうでしょう。
この不安や恐怖は、生存本能との戦いになります。どっちが勝つか? でしょうね。
しかし、日本人はちょっと特殊です。「死を覚悟」することが出来るのです。
これは歴史的にも文化的にも証明されており、最近では第二次世界大戦です。
自己を優先する文化圏では理解できません。
そのせいで苦しむくらいなら知能なんて無くてよかった
強者に食われてさっさと死ぬほうがマシ
>日本人はちょっと特殊です。「死を覚悟」することが出来るのです
日本は神風特攻隊、バンザイ突撃、一億総玉砕などを掲げながらも核攻撃されたら降伏したわけですので
日本人が「死を覚悟」できると考えても、限度はあると思います。
大本営発表をはじめ言葉で言うことと行動がズレることは今まで珍しくなかったし、これからもあり得るでしょう。
『怖いから知りたくない』これと同じようなこと?
不安神経症という心(精神)の脆弱性が無ければ人類の脳(知能)の進化は無かったと想われます。不安や恐怖が神経疾患と言われる程、強烈であれば在る程、脳神経は、より緻密に拡大し予測や予知イメージの獲得を可能にした事は、想像に余り在る。しかし、その不安や恐怖は、他者(外敵)を殺害する要因と成ると同時に、自らの生命を滅することを決める自決能力をも生み出した。限り在る生命は、生かされ生きて居るのだか、大自然の摂理を超えて生きる人類の必須能力は、自らの肉体的死を認識した時に生じる強烈な不安や恐怖を超えて生き続ける能力であり、その能力は、未来(自分が死んだ後の時間)を認識し、自らの肉体の死を体験する未来を生きる人々の希望と成る存在であろうと、日々自決出来る人という存在を生み出したのだと私は認識しています。
脳の直接的な処理能力というより、感じる心=感性が付随した結果であると思う。
感じることでしか心は動かない。
因果関係は、処理速度の恩恵による副産物ではなく、処理能力に付随する感覚によるエモさだと思う
脳が発達したことでそれまでなら即淘汰されていた不具合が遺伝できるようになったのでは?
社会性の発達でケアが行われるようになった
出アフリカより前の話か ボトルネック効果より前
ところで農耕は階級、不平等、貯蓄の出現だし、社会と脳の遺伝子の関係はありそうね
むしろ進化はトレードオフが基本な感じよね。二足歩行で歩けるけど肩こりになる人間とか、滞空できるけど燃費悪いハチドリとか、免疫力すごいけど知能が低いダチョウとか。
まあ、現代社会を見ていると、繊細な人間ほど、無神経な人間の食い物にされてるような気もしますけどね。
それこそ、ブラック企業で使い潰す側と使い潰される側、といった。
そして、地球環境にどっちが悪影響を与えてるかと言えば、金しか頭にない無神経な人間です。
繊細さってのは地球環境も含めた人類全体のブレーキだったんじゃないでしょうか。
そのブレーキも、無神経な人間ほど金という力を持つに至り、効き目が弱くなってきてる気もしますが。
心が弱いのに、大量虐殺が何度も起きるような進化をしていると言うのは全く矛盾していると思いませんか?
つまり心が弱いと言うことは、集団に属するという性質と強く関係しているのではないでしょうか?人間はなぜ強いか?それは集団で協力するからです。
組織の暴力ほど恐ろしいものはありません。それは一人の殺人鬼より圧倒的に強大です。
しかしそれを可能にしているのは、人間が組織に属していなくては生きていけないという脆さから来てるのではないでしょうか?
皆が動けばそれに従うという性質がとんでも無い破壊的な正面衝突に繋がります。
心が弱いのに、大量虐殺が何度も起きるような進化をしていると言うのは全く矛盾していると思いませんか?
つまり心が弱いと言うことは、集団に属するという性質と強く関係しているのではないでしょうか?人間はなぜ強いか?それは集団で協力するからです。
組織の暴力ほど恐ろしいものはありません。それは一人の殺人鬼より圧倒的に強大です。
しかしそれを可能にしているのは、人間が組織に属していなくては生きていけないという脆さから来てるのではないでしょうか?
皆が動けばそれに従うという性質がとんでも無い破壊的な正面衝突に繋がります。
むしろ精神が弱いから大量虐殺という行動に出るのでは?集団心理は無知・排除・差別・恐れなど負の感情から来るのだから。
心が強いなら同調圧力に屈せずNOと言うでしょう
心の強弱から集団に属さないとか、属すとかではなく、集団に適応できる社会性を持つかどうかだし、精神の脆弱性と知能の相関という記事に集団の性質がと論じるのは論点がずれているように思います。
知性と精神の脆弱性との相関と集団形成の因果関係という記事ならわかりますが、その因果関係には言及されてません